ハンドルネームとペルソナ-Google+の本名縛り解禁について

おっす!おら名無し!

名前なんて飾りデスよ!と思っているタイプ。

でも、ネットで実名を使うことには抵抗感があるよ。

そのあたりを、Google+の名前について、書いてみる。

Mask / お面
sakichin

◆本名を強制していたGoogle+が方向転換

最近のニュースで気になったのがこれだ。

Google+は、ずっと、本名を強制していたネットサービスだ。

一応、アカウントとしては、おらも持っていたけど、さっぱり使っていなかった。

また、本名以外でも、前から利用している人はいたはいたけども、それって「抜け穴さがし」であって、おおやけに「これは仮名です」といえなかったわけ。

もし、Googleの中の人にバレたら、即アカウント停止とか、退会とか、とにかく強行的な動きが目についた。

だから、おらは、Google+には近寄りがたかった。

「なんで、本名を公開しないといけないの?」って。

◆本名を名乗ってもいいし、名乗らなくてもいい

ネット上で、本名を名乗っている人もいる。

おらは、ネット上では、本名を極力出したくないのだけど、Google+では、それが強制されていたわけだ。

これが、いやでいやで、仕方なかった。

なぜ、イヤなのか?

オンライン上で、本名を名乗るというのは、ある意味「勇気」がいることだ。

もしくは「無謀」かもしれないけども。

とにかく、ノーガードでネットで出歩いていることになる。

それでも、何とも感じない人もいれば、ノーガードでネットを歩くのは「こわい」と感じる人もいるだろう。

おらは、こわい。

本名でネットをうろつくなんて、こわくて仕方ない。

◆たとえ:「ペルソナ」または「お化粧」

おらは、ネットで本音トークができる時がある。

それは、本名を明かさないからこそできる、というのがある。

いわゆる「外面」を、ネットではハンドルネームを使うことで、「ペルソナ」を装備して、利用することできるからだ。

本名では、これら「ペルソナ」を装備することができない。

「ペルソナ」がわかりにくいとしたら、「お化粧」と言ってもいいかもしれない。

女性は、お化粧なしでは、外を歩けないと感じる人も多いときく。

本人は本人なのに、外を歩くときは「お化粧」をする。

「お化粧」することで、安心して、自信をもって、歩くことができる。

これと似ているのではと、おらは思う。

ネットを歩くときは「ハンドルというペルソナ(仮面)」を身に付ける。

そうすること、本音トークをすることも、自由にできる。

◆本名とハンドルを結び付けられる

ネットのサービスで、本名とハンドルを結び付けられることがある。

本名を知っているリアルな知人(オフライン)とやりとりする、「サービスA」があったとして。

それが、いつの間にか、ネットのオンライン上でのやり取りしている人との間のツールになっていたりする。

もともと、知人とやり取りするために利用していたわけだから、そちらは「本名」である。当然だ。

一方で、オンラインでのやり取りしていた人とは、「本名」を交換していない(ことが多い)。

だから、リアル知人(オフライン)と、ネットの知人(オンライン)とで、ごっちゃになると、とても使いにくい。

おらの中では、そういうサービスがいくつかある。

Google+、Skype、Live、LINE、とかか。

複数アカウント作るのがやっかいだったりすると、もう、さらに(‘A`)マンドクセ。

ネットサービスであっても、おらは、これらは「本名」でやってたりするので、「リアル知人(オフライン)」用のアカウントなのだ。

だから、これらの利用は慎重になっている。

グループチャット的な機能は、これらのサービスにはあったりするが、「本名でチャット」なんて、まるでスル気が起きない。

Google+しかり、LINEしかり。

尻込みしまくりんぐである。

◆結論:ネット弁慶

ネット弁慶は、こうして、さらに磨かれていくのであった。

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「エッセイと日記」の違いをググる前に

おっす!おら、よくいろいろなことがごっちゃになる人!

いまも、ちょっと、ごっちゃになっていて…。

「エッセイと日記」の違いってなんじゃろね?

この答えは、記事の後半で!

2014-05-17 09.00.44
あずまんが大王 (2)より

◆「エッセイと日記の違い」が分からなかったらどうするか?

多くの人は、ググるよね。

このページを読んでいる人も、どこかで検索して、おらのページを発見したのかもしれない。

その答えを言う前に、「ちょっと待って」とおらは言いたい。

疑問が生まれた時の流れでいうと【疑問 → 答え=ぐーぐる先生】という、最短の方法だけで、本当にいいのだろうか?

「自分の頭で妄想する(想像する)」というのを、しなくていいんだろうか?

つまり、おらの主張する流れは【疑問 → 自分なりの考え → 答え】ということになる。

おらは、「自分なりの考え」を、ワンクッション入れる必要があると思うけど、そのへん読者さんはどう思いますか?ということ。

◆自分なりに考える(妄想する)ことは大事

「自分なりの考え」が、ぐーぐる先生が教えてくれる「一般的な答え」と合っている場合もあるだろう。

しかし、もしかしたら、「自分なりの考え」と「一般的な答え」が、異なる(違う)ことも、あるかもしれない。

でも、その「違い」は、単に「ものの見方の方向が違う」だけかもしれないし。

必ずしも、ぐーぐる先生が「いつでも正解」とは限らないし。

また、自分なりに考えてみて、その結果として「間違ったという事実」が、案外その人には大事だったりするのかもしれないし。

考えることは、ムダではないし、むしろそうした別の見方に行き着く考えや、妄想したりすることは、とても大事だと、おらはおもう。

◆おらなりの「エッセイと日記の違い」の答え

2014-05-17 09.20.35

前置きがだいぶ長くなったので、このあたりで、おらなりの答えを書いておこう。

  • 疑問:エッセイと日記の違いとは?
  • 答え:日付があるのが日記。ないのがエッセイ。

いろいろと、妄想した結果、たどりついた答えは、これだった(=ググってない)。

エッセイには日付はなくても成立するけど、日記には、日付がなかったら成立しない文章だとおもう。

「日記」は、日付にひもづいた出来事の、文章である。

一方で、「エッセイ」は、何年何月何日に起こったことなのかは、さして重要ではなくて、作者が日常でおこったことを「日付フィルタ無しにした文章」だとおもう。

日付が大事なのではなく、「起きた事に対する視点(見方・感じ方)」を重視したのが、「エッセイ」という位置づけ。

◆結論:答えを急ぎすぎない

なんでも、かんでも、ググると出てくるのかもしれないけども、おらとしては、「答えを急ぎすぎない」のも、いいんじゃない?と思ったので。

また、答えがすぐに出ないからといって、モヤモヤせずに、すこし、「疑問を温めておく」のも、あとで使えるかもしれないし。

あと、「エッセイと日記」の違いについては、うん、ほら、「自分なりの答え」でいいんじゃないかな!

2014-05-17 09.31.17

あとあと、書き方は「エッセイ」なのか、「エッセー」なのかという、あらたな疑問も湧いたり…。

BlogtrotterからFeedBurnerに乗り換えてRSSをメール配信

もう、タイトルがそのまんまなのだけども。

おらは、自分の書いたブログのRSSをEvernoteに取り込んでいる。

いわゆるライフログとかなんとか言われるけども、自分がネットで書いたものを、Evernoteにまとめておきたいんだ。

それで、いままでは、Blogtrotterというサービスをつかって、RSSまとめをしていたんだけど、最近ひどい改悪されたので。

どう最悪かというと、広告が文頭にがっつり入るようになってしまって、自分のブログ記事を読むのに、まあジャマなんだよね。

それで、RSSをメール配信してくれるサービスをさがしてみたのだけど…。

「ブームが去った感じ」が否めない。

数年前は、そういうサービスが色々とあったようなのだけど、どこもかしこも潰れてしまっているんだね。

あと、EvernoteをそのままRSSリーダー的に使えるサービスがあるようなのだけど、Googleアカウントとの連携をする必要があって、それがちょっと気にいらない。

Googleアカウントって、Googleの中で完結するのならまだしもなのだけど、外と連携するにはこわい。

便利だけど、Googleに色々と情報をあずけているので、そこで連携を承認すると、色々とあずけてるデータが筒抜けになっちゃうのは、なんだかなぁ…と思って。

それで、FeedBurner(Googleのサービスの一部)を使って、Evernoteにメールを配信できるかテストしている。

参考にしたのは、2009年にかかれた、下の記事。

FeedBurnerで、RSSをメール配信する方法 | PhantomKnowledge 証券外務員とか
http://phantom-knowledge.com/archives/74

FeedBurnerで自分のブログのRSSをメールで配信できるのだけど、それを使って、Evernoteの受信用メールアドレスに送ろうという使い方。

さて、このいま書いている記事が、うまくEvernoteに飛んでくれるといいのだけども。

ヽ(゚∀゚)ノとんでけ〜

記憶があやしくなるまでお酒を呑まない

タイトルからして、反省点なのだけど、昨日は呑み過ぎた。

金曜の夜に、一人で三次会まで行った記憶はある。

その時に撮影したのが、この一枚。

2013-05-31 22.30.09

この時の時間が、22:30ごろ。

そして、このあとの記憶がなくなる…。

気づくと、おらは終電車で、終点の駅にいた。

やっちまった!

いつ電車に乗ったのかもよくわからないが、終点の駅では24時を過ぎていたようだ。

頭がぐるぐる回るなか、iPhoneからまずは乗り換え案内のアプリを呼び出す。

うむ、家までは電車では帰れないっぽい。

ちなみに、電車を乗り過ごして、自宅まで帰れないという経験は、今回が初めて。

イヤな初体験だ。

次に、Googleマップのアプリで調べてみると、タクシーを使った場合は、自宅まで42分くらいかかるようだった。

歩いたら…となると、3時間をゆうにこえる。

ぜんぜん頭がまわらないなか、とりあえず歩いてみることにした。

おもいっきり千鳥足。

iPhoneのバッテリーをみると、すでに残量があやしくなってきている。

バッテリーを少しでも持たせるために、液晶の明るさをさげる。

いまのおらにはiPhoneだけが頼りだが、予備のバッテリーはない。

iPhoneで無駄な消費はさけたいのだが、なぜか酔っ払っているときって、人に話したりしたくなる。

が、急に電話できる相手もいないので、スカイプをたちあげてみて、ログイン状態の人に話しかけたりする。

一方的な「話したい欲求」は、相手にとって迷惑電話とかわらないアレで、いま思い返すとほんとうに申し訳ない。

でも、返信してくれたのは、とてもありがたかった。

でろでろとした足取りで歩きながら、ツイートしたり。

でも、歩いて帰るのは、そうそうに断念した。

酔っ払っている状態で、3時間以上は歩けないわ。

タクシーはいくらかかるのか想像できないので、ホテルに泊まることを考える。

歩いていたら、仕事で何度か来たことがある、見覚えのある駅まできていた。

その仕事とは、ホテルのなかの設備を作ることだったのだけど、なんとなくそのホテルに泊まることはイヤだったので、華麗にスルーした。

そして、路頭に迷う。

Googleマップで「ホテル」で検索して、歩ける範囲で調べてみる。

記憶が曖昧なのだけど、ビジネスホテルとラブホテルのどっちが安いか?みたいなことは考えたような気がする。

それで、なんとなく、ラブホテルの方が安かろうと思い、ラブホテルを探す。

しかし、場所が東京のだいぶ西の方(終点の駅)なので、あんまりそういうホテルも見つからない。

そうこうしているうちに尿意。

やっぱりタクシーじゃなくてよかったなとか思いつつ、尿意との戦いは、いきなりクライマックスだぜ。

Googleマップではラブホテルへの道がてらされているが、近くにトイレがあるかどうかまでは検索していない。

そして、余裕が無い。

いっそ、道路に立ちションしちゃおうかと思ったりしたが、もじもじしているおらの目の前には、コンビニの明かりが見えてきた。

やった!

あなたと、コンビニ、FamilyMart。さまさまである。

「トイレ貸してくーださい」と酔っ払いながらも店員さんに言った記憶はある。

なんとかおもらしプレイから免れたことにより、そこでお水を買う。

そこをあとにして、ふたたびラブホテルをめざす。

目的地の周辺にきたが、おらが想像していたきらびやかなネオンや、すげーやらしい感じのホテル外観ではなかった。

どちらかと言うと、廃墟というか、潰れかけた感じすらただよう…。

でも、その時のおらには、ここしかなかった。

正面玄関は、ずっとまえから使ってなさそうでボロボロなので、裏口というか駐車場の方からまわりこむ。

そこをあけると、いま、まさにチェックインしようとしているカップルとはち合わせるというね。

まあ、でもこれで、このホテルは利用できそうなのは分かった。

入り口の突き当たりにある窓口は、ホテルの従業員さんの手しかみえないような作りになっていた。

「泊まれますかぁ?」というおらの問に、「一律5,000円ですがよいですか?」という店員さん。

5,000円を払い、307号室の鍵をもって、エレベータに乗る。

エレベータを降りてすぐの部屋の上部が、なにやら赤いランプが点灯していて、そこに「307」と書かれていた。

2013-06-01 07.10.39

突然だけど、ラブホテルの部屋の入口は、靴を脱ぐスペースがちゃんとあって、わかりやすい、と思う。

ビジネスホテルだと、どこまでが外の靴で、どこからが部屋のスリッパなのか、さっぱりわからなかったりするが、このような靴を脱ぐスペースがあると便利だとは思う。

なんとかラブホテルには着いたが、ラブの要素はおらにはゼロで、ただもう、眠りたかった。

ズボンをぬぎすて、広いベッドへダイブし、すぐにまた記憶を失う。

2013-06-01-07-21-44

目が覚めたのは、5時過ぎだったと思う。

すでに、iPhoneの充電は20%程度から、10%になろうとしていた。

起きてすぐにしたことは、水を飲むことだった。

カバンから水を取り出そうとして、驚いた。

パンを食べたあとの袋が、カバンから出てきたのだ。

2枚の袋がでてきて、もう1袋は、まだ開けていない、チーズ蒸しパンだった。

すでに記憶の彼方なのだが、どうも電車にのる前にコンビニによって、パンを買ったようで、その場で2つは食べたようだ。

パンをベッドの上でもぐもぐしながら、昨夜から今朝にかけてのことを、ノートにメモする。

そして、テレビをつける。

NHKでは、老犬ホームのニュースなどがやっていて、ブルーになる。

朝からブルーになるのもアレなので、アダルトチャンネルをさがすことにした。

テレビのリモコンの取説と一緒に、アダルトチャンネルの見る方法が書かれている。

そのとおりにしてみるも、砂嵐。

オー、神様。

2013-06-01-07-16-00

歯を磨くも、シャワーやお風呂に入る気持ちには、なんとなくなれない。

部屋で数枚、写真をとったが、トイレや室内の壁に一部穴が開いていたり、電球が切れてランプが点かなかったりして、だいぶアレなお部屋だった。

本日はホントに助かったのだが、二度とこのホテルへ来ることはないかなと思うと、ちょっと奇妙な感じがした。

おらの知らないこのホテルも、ずっとまえからあるんだろうし、ずっと営業していて、利用する人も、またそこで働く人もいて、それが当たり前なんだけど、自分とは違った場所にある当たり前。

当たり前って、なんじゃろな?とか思った朝だった。

2013-06-01-07-21-55

フロントに電話して、チェックアウトを伝えたのが、7時20分ごろだった。

エレベータにのると、「、、88」と書かれている。

うむ。この当たり前も、おらにはわからない当たり前、だな。

2013-06-01-07-22-45

ホテルを出ると、梅雨入りしたというのに、晴れていて、とても清々しい朝だった。

犬の散歩途中のおばさまが、道の雑草をせっせと抜いたりしていて、「ごくろうさまです」と声を掛けたくなった。

帰りの電車にのると、電車の扉はボタンを押して開け閉めするタイプで、東京にもこういう電車が普通に走っているのを、おらは知らなかった。

ここにも、おらの知らない「当たり前の光景」があって、ふたたび当たり前ってなんじゃろな?とか思った。

Wassrが終わって「よかった」と思うこと

おっす!おらわさらー!

2012年を振り返るとなると、やっぱり、Wassrが終わったことがあったなぁ…と。

ということで、おらなりに、いま、Wassrについて振り返ってみるてst。

wassr忘年会の思い出

Wassr忘年会の思い出:ダンボーとタチコマ / 2012-12-15 (土) 20:15

◆Wassr終了についての公式コメント

先日、次のような記事が載っていた。

Wassr、カレログ、“サービス終了”の理由とは?|【Tech総研】

日本製Twitterとも呼べる「Wassr」。Twitterの日本語版がまだなかった2007年にリリースされ、充実した機能と楽しい仕掛けで人気が上昇。エンジニアやギークからも愛された。そのサービスが10月1日に終了。立ち上げから参加した木村岳文氏と、ユーザーから開発者へと転じた大濱健治氏が語る。

まあ、内容はあちらで読んでもらうとして、Wassrの中の人の公式なコメントって、ここくらいでしか読めないんじゃないかしら。個人的なブログやTwitterでは読んでいたのだけども。

おらとしては、Wassrが終わることで、さんざん「残念だ」って言ってきたので、あえて「よかった」と思うことはナニか?と考えてみたい。

◆Wassrが終わって「よかった」こと

答え:Wassrが中心の生活でなくなったことで「自由」になる。

おらは、自称ヘビーわさらー(Wassrユーザ)だった。

なので、Wassrに関わる時間がかなり多いほうだった。

どこかへ行くには、ケータイからWassrのページをチェックし。

そこで写真を撮影して、Wassrへアップし。

さらに、その投稿したネタに「イイネ!」がどれくらいつくかを確認し。

さらにさらには、その一日で、「イイネ!ランキング」に入るかどうかをみるなど。

まあ、生活の中心がWassrをチェックすることで回っていたような部分があった。

2012年は、それでもだいぶWassrへの投稿は減っていたのだけど、それでも、多くの時間、いつでも、どこでも、Wassrを確認し続けていたように思う。

それが、7月に入り、Wassrが終わるというアナウンスがあって、おらはWassrの依存度を急速に下げていった。

Wassrが終わるとアナウンスされてから、実際にサービスが終了するまで、三ヶ月ほどの猶予があったので、その間に、ちょっとずつ、Wassrをやめていった感じだ。

たとえば、タバコをやめるときに、急にやめずに、徐々に「禁煙」するのと似ているかもしれない。

ヘビースモーカーも、少しずつタバコの本数を減らして、最終的には、タバコをなしでも生活が送れるようにする、みたいな。

おらも、Wassrがなしでも生活が送れるように、少しずつWassrに関わる時間を減らしていき、そういう身体とメンタルに慣らしていった。

そして、Wassrが終わるという最終日には、「とても残念なきもち」もありつつ、Wassrが無くなっても、うろたえたりしないようにはなっていた。

そして、振り返ってみると、Wassrがなくなったことで、「自由」にもなった。

Wassrに関わっていた時間は、無駄ではなかったし、とても楽しいものだったし、おらにとって重要なやりとりではあったのだけど。

Wassrがネットから無くなった今は、Wassrがおらの中で占めていた重要度と時間の分だけ、逆に「自由になった」ように思える。

ま、あえて、Wassrが無くなったことを「プラスに考える」という思考の出発点からだした結論だけどもね。

いま現在、Wassrのユーザはあちこちにバラバラのサービスに分かれてしまった。

わさらーの中には、Google +に行った人も、わりと多くいる。

が、おらはGoogle+を第二のWassrのようには利用していない。

Wassrが無くなった今は、「見るのも見ないのも自由」なのだ。

依存度が減って、バランスがとれているように思える。

先日のWassrの忘年会が開催されて、おらも参加してきた。

忘年会はとても楽しかったが、早くも、おらの中では「卒業した母校」のような存在になってきているように感じた。

最後に、おらがWassrで最後にしたつぶやきをコピペしておこう。

kemeko縁があってわっさーに集ったわさらーたちよ。縁があるんだからまたどこかで逢いましょう。でわ。
by iMaka at 2012-10-01(月) 11:58:33

MacBook AirにGoogle日本語とGoogle Chromeいれる

おっす!おらまかー!父親も今日からまかー!
実際には不在なので使い始めるのは明日からだけど!

というわけで、父親がいないうちに、MacBook Airの環境を整えておくよ。

作業ログとして、ここに書いておこう。

まずは、Google関連をいれておくかな。父親がいままでGoogle Chromeを使っていたので。

Google Chrome
http://www.google.co.jp/chrome/

あとは、Google 日本語入力もインストールしておくかな。これも父親のWindowsに入ってたので。

Google日本語入力
http://www.google.com/intl/ja/ime/index-mac.html

というわけで、まずはGoole関連のインストール完了。

BGM:なし。