国立科学博物館と深海の世界

おっす!おら深海探査艇の乗組員!

東京・上野公園にある国立科学博物館にて、7.11(火)→10.1(日)で開催している『深海2017-DEEP OCEAN-』に行ってきたよ。

そのメモなどを、ちょろっと書いておくよ。

きたぜ

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2013年にも、特別展「深海」を開催したらしいのだけど、それから4年たった、2017年版の新しい企画。

子どもの頃は、夏休みに国立科学博物館に連れて行ってもらった思い出があるけど、大人になってからは、かなり久しぶりに行ったよ。

深海の世界って、光が届かない真っ暗闇の世界なのだけど、光る生き物が多いのね。

そして、奇っ怪なカタチをしている『デメニギス』の映像は、なかなかのインパクト。

頭が透明で、目の玉がどうなってんの?っていう感じよね。

館内では音声ガイドが520円で貸し出されているのだけど、これは絶対に借りたほうが良いよ。

ガイドしているのはしょこたんこと、中川翔子さんだけど、そのどくとくの語り口で「デメニギスさん」についても喋っていたよ。

ホルマリン漬けの姿も展示されているけど、それだけ見ても、この動いているインパクトには勝てないかもしれない。

また、下町の工場で作った『下町ロケット』が話題になったけど、そんな感じで下町の深海探査『江戸っ子1号』も展示されてた。

江戸っ子1号さん

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『しんかい6500』の実物の展示は、なかなかかっこよくて、さらにこれにしょこたんが乗ったことがあるとガイドで喋ってたのが、興味深かった。

しかも、しょこたんが探査したあたりは、東日本大震災で大きくずれた断層のあたりだったとかで、幅広く(深海まで)活動してるなぁと思ったり。

しんかい6500に、しょこたん乗ったことあるとか

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人間の住めない超高圧の、真っ暗闇の、あるいは超高熱の世界にも、たくさんの生き物が住んでいて、それを見せてくれるのって、不思議な気持ちになったな。

そうした場所では、ロボットが活躍するのかもしれないね。

探査機、ちょっと、可愛い

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探査ロボットのフォルムは、どことなく映画『Wall-E』のロボットを思い出させたな。

お昼は11時の早めにレストランに行ったけど、正解だった。

ムーセイオンセットとやら。写して無いけど、白米美味しい。

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お昼近くになると、1時間位は余裕で待つことになるみたいだったよ。

ちょっとおらには味付けがしょっぱかったけど、ご飯がススムお味でしたよ。

さらに、お米が美味しかったのが好印象!

パッションケーキや、コーヒーも頂いて、がっつりランチにしたった。

パッションケーキ美味しい

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店内で、小学生だか中1くらいの男の子二人がいたのだけど、その一人がお母さんに持たされただろうサンドイッチを出して、食べていたのは、ちょっと気になった。

特別展も面白いけど、常設展の恐竜の骨やらなにならに、おらは大興奮したよ。

恐竜の動いてるとこ見たい

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展示は撮影することもできるし、なかには手で触れたり、持ち上げたりできるモノもあったよ。

オオツノジカ、つのがすごい小並感

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オオツノジカの立派な角は迫力あるが、これ、ほんと寝るときどうするんだろう?とか思う。

おーるぬーどはマズイですよ

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甲羅を脱いで、オールヌードになっている骨もあったりした。

展示方法も、広いスペースに、大きな動物たちの骨が展示されているのは、フォトジェニックよ。

ゴリラは骨格からして強そう

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ゴリラまじゴリラつよそうゴリラ(草食)。

骨や生物だけじゃなくて、宇宙の成り立ちとか、科学的な研究の歩みとか、1日じっくり見ることもできるのが、1600円とかお買い得すぎますよ、奥さん。

『宇宙の晴れ上がり』は、パワーワードとして学習しました。

スーパーカミオカンデの光電子増倍管。すげえもん展示されてるな。

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スーパーカミオカンデの光電子増倍管って、実物をはじめて見たけど意外に大きくて、大人の一抱えくらいはあるんじゃないかな。

特別展も面白いし、地球館も新しくて綺麗だし、日本館の展示にあったシアター36◯は、ちょっと東京ディズニーランドみたいな体感スペースで、バーチャルリアリティ(死語?)だったよ。

フタバスズキリュウ

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フタバスズキリュウは、福島で発見されたもので、おらが子どもの頃に覚えた魚竜なのよね。

あ、映画『南極物語』のモデルにもなった『タロとジロ(犬)』の剥製が、この日本館に展示されているよ。

おらが子どもの頃に、国立科学博物館の展示で見て怖かった、生首の干物は、展示されて無かったけど、そのかわり比較的きれいなミイラ(謎)が展示されてた。

深海の展示の音声ガイドは借りたのだけど、常設展の方の音声ガイドはどこで借りられるのか分からなかったな。

ホームページによると、日本館の地下1Fで各種のガイド端末を借りることができたみたいだ。

利用案内・情報 ≫ アクセス・利用案内 ≫ 音声ガイド・ICカード :: 国立科学博物館 National Museum of Nature and Science,Tokyo

館内を走り回って、ICカードをタッチしまくっている子どもがいて謎だったのだけど、このキオスク端末のICカードだったんだな。

  • キオスク(展示情報端末)にタッチだけして解説を見なかったり、展示室内を走りながらタッチして回ることは、他のお客様のご迷惑になりますのでおやめください。

って書いてあるけどな!

次回、見に行く時には、まず音声ガイドを試してみようっと。

全部見ようと思うと、そうとう歩くことになるし、子どもが疲れてグダっている姿をよく見たので、休み休み見るのがイイかもしれないネ☆

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テロの殺害画像を見せる中学教師について

おっす!

おら名無し。

この手の話題は、ブログが険悪な感じになるから、あまり好きではないけども。

あえて。

phot-

栃木県(さくら市)と、三重県(大紀町)で、どちらも50代の教師が、授業中に「テロによって殺害された日本人の動画」を流したらしい。

なかなかにぶっとんだ教師がいるもんだ。

しかも、どちらも、50過ぎのベテランの先生がやっているというんだから…。

(,,゚Д゚)

もうちょっと「想像力」を働かせて生きて欲しいデス。

教壇ではなく、塀の中などで。

教師いわく「テロに屈しないために」とか、「許せない気持ちを感じて欲しかった」などと、教育的な理由から見せたらしいのだけど。

うーん、もうちょっと、考えて欲しい。

もし、テロによって殺害された映像をみることで、「テロに屈しない」とか、「許さない気持ち」を「教育」できるなのだとすると…。

想像してほしい。

たとえば、レイプの映像については、どうかね。

レイプの犯人が、女性をレイプするトコロを一部始終撮影していて。その動画の一部始終を、中学生の前で放映する。

泣き叫ぶ女性と、それを撮影するレイプ犯。

その映像を通して、教師は「レイプ犯に屈しないために見て欲しかった」という。

あるいは、「レイプ犯を許せない気持ちを感じて欲しかった」という。

もしも、そんな授業があったら、どうなのよ?

それって、教育的な理念とは、かけ離れているんじゃないのかね。

普通に、暮らしていれば、そのくらい、分かるのではないのかね。

「レイプ犯にレイプされる女性の姿」と、「テロの実行犯に殺害される男性の姿」。

どちらも、教育の現場で流す映像としては、相応しくない。

そうした「常識的な考え」というのは、50歳になっても分からないものなのかね。

そんな「常識的な思考」を分からない人が、「先生」として、人にモノを教えていて、いいのかね。

もしくは、普段は分かっているのかもしれないが、テロの映像に当てられて「怒りに我を忘れた」のかね。

怒りに我を忘れて、その怒りのままに、その怒りの元である映像を、授業に持ち込んでしまったのかね。

それこそが、テロの映像に屈しているのだよ。

怒りを生むために作られた映像によって、まんまと怒って、「テロは許せないからすぐに戦争だ!」ってなるのだよ。

テロも、レイプも、許せないのは同じだ。

しかし、その映像を見ることでしか、その気持を育てられないのかと言ったら、それは明らかに間違いだ。

和服の左前着付け撲滅委員会

おっす!

おら、三が日をだらだらすごした者だよ。

結局、お正月のうちに、初詣にも行かなかったのだけど。

Twitterで、振り袖だったり、和服の写メが流れてくると「ああ、お正月っぽい」と思ったりした。

しかし、和服を左前で着ている写メは、いただけない。

撲滅したい。

kancolle_20150104_161002
艦これにて曙にボコられる我が艦隊

オンラインゲームの艦これに、曙というキャラクターが出ているのだけど。

そのキャラクターが、2014年〜2015年の年末年始の限定コスチュームとして、和服を着ている。

上記のイメージがそうなんだけど、ご覧のとおり、きちんと「右前」で着ている(描かれている)。

和服はこれが、当たり前なのだ。

しかし、普段和服を着ない人が、たまに振り袖やら浴衣やらを着るときに、うっかり「左前」で着てしまうようだ。

これを、撲滅したい。

「左前」は死装束なのであるからして、生きているのに死装束を着てしまうとか、そんなに、死に急いでどうするんだ?って思う。

お祭りの浴衣で死装束をまとうとか。初詣に死装束でお参りとか。それを見た周りの人も一気に興ざめであろうな。

日本人として、和装をどうやって着るのが正解なのかを、小中高のどこかで、教えるべきだと思うんだ。

覚え方は簡単で、自分の右手が懐(胸元)に滑りこむように衣を合わせるだけだ。

簡単だけど、知らなければ、大人になってもきちんと着ることはできない。

そういえば、おらがかつて持ってたベッキーの写真集でも、ガンガン左前の写真があって、めまいがしたのを思い出した。

ベッキーの写真集は、もうすっかり処分してしまったので、証拠の写真を載せることはできないけども。

商売として、売りに出すような写真集であっても、スタッフの誰もが知らないでノーチェックで、左前の写真が出ちゃうっていうのは、日本人としては少し恥ずかしい。

外国人が、日本に着てうっかり左前というのとは、ワケが違うのだ。

和服の着付けは、基本的な教育として、教えておくべきだと思うんだけどな。

ミミズが道路でミイラ化するわけ

おっす!おら駅まで徒歩で通勤している人。

駅までの途中に、めちゃめちゃミミズが死んでいるゾーンがあるんだよ。

で、ミミズが道路に出てきて死ぬ理由っていうのを、以前聞いたことがあるので、思い出しメモ。

※ミミズが苦手な人には注意。

Colorful Rope Light
By Anton Fomkin

この話のソースは、おらが中学生のころに、理科の先生の授業から。

教えてくれたS先生は、当時40代後半くらいで、メガネと、白衣がトレードマークの女教師だった。

◆問題:ミミズの干からびたミイラを見つけるのどういう時か?

答え:雨上がりの翌日などに、道路で見かける。

なぜ?:これは、雨の日に、ミミズが土の中から出てくるワケがあるからだ。

先生曰く、ミミズが住むのは土の中だけど、雨が多く降ると、土の中に水が染みこんできて、ミミズは水で呼吸ができなくなるからだ、という。

そのため、呼吸が苦しくなって、ミミズが水から逃れようと、土から這い出てきてのたうち回るのだが。

舗装されたアスファルトの道路では、雨が上がったあとに、土の中に戻ろうとしても、ミミズにはどうすることもできず。

結果として、雨上がりの翌日に、ミミズが道路でミイラ化することになるという。

これを、とても楽しそうに話してくれた。

おらも、聞いていて、楽しい気分になったヽ(゚∀゚)ノ

いやいやいや、そんな楽しい気分になる話じゃなかった。

むしろ、ゾッとする話だったわ。

ミミズの不運にもゾッとするし、笑顔で楽しそうに話してくれたS先生にもゾッとするし。

相手が「安心する」話の聞き方について

おっす!おら、研修が終わってほっとしている人。

研修のときには、「面談」があったりして、長時間おらから先生や上司に、話を聞いてもらうことあった。

その時に、感じた、相手が「安心する」話の聞き方について、メモしておこうとおもう。

Bible, Reading Glasses, Notes and Pen
Paul O’Rear

今回の研修では、おらが面談した「先生」は、いわゆる講師として「教壇に立つだけの先生」ではなくて、心理学やらカウンセリングの資格もあるような「心の先生」でもあった。

この「心の先生」について、面談のたびに『おらの話を、ちゃんと聞いてくれている』と感じていた。

なぜ、そう感じたのか、いくつかポイントがあるのだけど、今回は「話を聞くときのツール」にしぼってみたい。

◆話を聞くときの、紙とペンの使い方

おらが社会人一年目のときに、叩きこまれたのが「メモを取ること」だった。

上司から「ちょっと」と呼ばれた時には、必ず、紙とペンを持って行き、指示されたことをメモするようにと、教わった。

それからというもの、おらのメモ魔は、自分の公私ともにツールとして役立っているのだけど。

今回、「先生」との面談で、感じたのは、「先生のメモの取り方」が、相手(=おら)を安心させるツールとして、一役買っていることだった。

ここで、たとえ話をしよう。

あなたが、病院に行って、医師に診断してもらうときのことを思い浮かべて欲しい。

もし、病院の先生が、全くカルテ(メモ)をとらない人だったとしたら、どう感じるだろう?

患者であるあなたが、一生懸命、病状を説明しているのに、医師が何も書かずに、話を聞いているだけだとしたら…。

きっと、「わたしの話を聞いているのか不安になる」だろう。

そう、医者は、カルテを書くことで、患者に安心感を与えているのだ。

おらが、子供のころに、診断をうけた病院の先生は、ドイツ語でカルテに書き込んでいた。

おらは、子どもながらに、おらが話したことを、すらすらとカルテに書き込む先生の姿を「カッコ良い」と思ったものだ。そして、いま、思い返すと、「自分の読めない外国語ですらすら書くなんて、頭がめちゃめちゃよくて、さらに安心感アップ」と感じていたのだ。

このように、メモをとりながら、相手の話を聞くということは、「忘れてはいけないことをメモしている」という大事な面がある一方で。

逆の立場で言えば、話をしている側からすると、「相手がちゃんと、自分の話を聞いてくれている」という、印象をもつことができるのだ。

◆メモするときは、A4用紙を、1枚使う

メモを取ろうというのは、ある意味で、基本的はことである。

それこそ、社会人一年目に言われることのように、基本中の基本だ。

しかし、おらは、さらに、「相手と話をするときのメモ紙」についても、言及したい。

  1. A4の紙を用意する
  2. まっさらな紙を1枚用意する

この2点が、大事なポイントだと思っている。

1点目は、ある程度の大きな紙が必要であるということ。

もし、メモする紙がないからといって、くちゃくちゃのレシートやら、小さな付箋紙にメモとられたら、どうだろう。

それで、話している方が安心するかといえば、その逆でしかなく、「そんな紙にメモしても、どっか無くしちゃうんじゃ?」と、不安にさせてしまうのだ。

紙は、A4くらいのサイズが、ベストだと思う。

さらに、2点目は、ノートではなく、1枚ずつバラバラになるような、ルーズリーフ、もしくはレポート用紙のように、完全に独立する紙が必要であるということ。

おらは、ノートではなく、この1枚の紙に書くことが「安心感をアップさせるポイント」だと感じた。

つまり、いまから、このまっさらな紙に書くことは、あなたが話したことだけをメモしますよ、というアピールになるのだ。

もし、あなたが複数の人と「真剣な話」をすることがあるのなら、その時は、一冊のノートにAさん、Bさん、Cさんのことを書くのではなく、一人ずつ一枚の別の紙に書くというのが、より安心感を与えると、おらは考える。

カウンセリングやら、病院の先生やら思い浮かべてほしい。

たくさんの人と話をすることになる職業の人は、被験者(あるいは患者さん)の一人ずつのカルテがあり、それに挟めるように、用紙を一人ずつ分ける必要があるわけだけど。

これが、話している側からすると「わかってもらえる」気になるのだ。

「わかってもらえる」を漢字で書くと「分かってもらえる」となり、つまり、自分とそれ以外の人とは「分けて・あなたの事を扱いますよ」というような印象を受けるのだ。

だんだんと、精神論のようになってきたけど、おらは面談中に、この「紙の使い方」は、とてもよい印象だった。

もし、面談の「心の先生」が、一冊のノートにメモしていたとしたら…今回の面談でうけたときの「安心感」は、感じなかったかもしれない。

◆まとめ:聞き手も、受け手も、メモが大事

真剣に話を聞こうと言う時は、聞き手も、受け手も、メモが大事だということである。

さらにレベルアップするなら、そのメモした内容を、話し手に指し示しながら、別の角度の質問を投げかけると、いいだろう。

「この人は、自分の話をちゃんと聞いた上で、さらに自分には見えなかった視点で、物事を捉えている!」と、安心感がアップすること、間違いなしだ。

そして、この、普段メモする習慣があるという「お約束」が、二人の関係性で築いていた場合には、逆に「オフレコ」の話もできるというものだ。

つまり、いま、これから話すことは、メモをしないかわりに、さらに突っ込んだ、深い話ができる、という意味で。

以上、研修をおえて、メモの取り方について感じたことを、忘れないように、メモしてみた。

他人の悪口が、自分の評価を雪崩式に下げるわけ

おっす!おら、おしゃべり!

なんでも、かんでも、しゃべってしまいがちなのだけど、悪口言うときには、気をつけようというφ(・ω・ )メモ。

◆悪口で評価を下げるのは誰か

Aさんが、Bさんのことを、悪く言ったとき。
その流れを、
A→B
とする。

で、Aさんは、Bさんへ、直接悪口をいうわけではなく、他の友達XYZさんの3人へ言ったとすると。

A→X(b)
A→Y(b)
A→Z(b)

これで、評価を下げるのは、果たして、Bさんか?ということ。
案外、Aさん自身の評価を下げていたりするんだけど、それには、Aさんは気づいてない。

Aさんは、Bさんの評価を下げようとした結果、3人のXYZさんから、評価を下げるカタチになったりする。

結果
A←X (Bさんの友だちなので、気分が悪い)
A←Y(Bさんのことを評価してた人)
A←Z(悪口そのものが、きらいな人)

同様に、AさんはCさんの悪口をふれてまわると、その何倍もの人から、Aさん本人の評価を下げたりしている。

で、Aさんは、雪崩式に、自分の評価を下げることになり。
だんだんと、Aさんのまわりから、したってくれる人が減っていく…。
みたいなことになりがち。

◆他人の悪口は自分に対して戻ってくる

これは、まず、間違いないと、おらは思う。

まあ、Aさんの信念で、
*他人からの悪口なんて、気にしないぜ!とか
*孤立無援が好きだから、敵を作りたいぜ!とか
そういう趣向ならば、Aさんの行動をとめないけども。

もし、そうじゃないなら、悪口を言うときは、少し気にした方がいい。

まあ、悪口言う人ほど、他人からの評価を気にしてたりするのが、よくあるパターンなのだけども。

また、悪口言いたい時は、誰が、どう聞いてるかわからないので、言わなくてすむ方法があるなら、そっちがいいと思う。

こう、おらが、ブログに書くことで、おらにUターンブーメランが返ってくる可能性も高まるかな?

うん、たぶん、そう。

女性の一生のカンジについて

おっす!おら独身レベル39!

そんな、女性が亡いことによる「妄」「想」にとらわれているおらが、女性の一生のカンジについて、メモしておこうと思う。

妄想なので、独断と偏見に満ち満ちている、かもしれない。

無害な偏見だといいな(希望)。

  • 赤ちゃん 0歳〜
  • 幼女 3歳〜
  • 少女 5歳〜
  • 女児 6歳〜13歳
  • 女子 6歳〜60歳?(定年まで)
  • 乙女 第二次性徴がはじまったら?〜20歳
  • 処女 第二次性徴〜性交未経験なら上限なし
  • JY 3歳〜6歳(マスコミによる調子のってなづけた女子幼稚園児)
  • JS 6歳〜12歳(女子小学生)
  • JC 12歳〜15歳(女子中学生)
  • JK 15歳〜18歳(女子高生)
  • JD 18歳〜卒業するまで(女子大生)
  • 成人女性 20歳〜
  • 新卒女子 18歳?〜
  • お局様 33歳?〜
  • 幼妻 18歳〜24歳?
  • 妻 18歳〜
  • 奥様 28歳〜
  • 母 19歳?〜
  • 叔母 24歳?〜
  • 伯母 25歳?〜
  • 嫁 18歳〜
  • 鬼嫁 21歳〜
  • 小姑 26歳〜
  • 姑 42歳〜
  • 老女 60歳〜
  • 婆 65歳〜
  • 老婆 70歳〜

この年齢分けは、法律に基づくものと、勝手な妄想が含まれている。

また、上記にあげた以外にも、呼び名があるのかもしれないが、ただ単純にぼくが知らない可能性が大きい。

もしくは、漏れている。

このメモを読み返すことはないかもしれないが。