好きなモノを好きと言おう

おっす!オラむだに連休をすごしたモノだよ。

むだに連休をすごしたんだけど、色々と「出会い」はあったよ。

ネットの中で。

まあ、ネットをわりと多めにやってる連休だった暇人っていうことなんだけど。

すこし思ったコトを書いておこうと思う。

◆1好きなモノは好きと言おう

これは前から思っていることだけど、好きなモノは好きと言おう。

できれば、その作り手(送り手)に直接、声が届けられると素晴らしい。

その声に、きっと送り手は答えてくれる。

また、その声を一人ではなく、まとまって伝える手段があると、それを利用しよう。

コミュニティーには積極的に参加してみると吉。

◆2批判と悪口は違うんだよ

好きなモノを好きという自由があるように、逆に、嫌いなモノを嫌いというのは「自由」だ。

それが、この日本では許されている。

ナニか作品なり、情報なり、モノなり、を作ったり送り出したりすれば、当然なんらかの「反応」があるわけだけど。

それは必ずしも「好評」だけではなく「批判」もありうる。

それが当たり前。

その時に、「批判」ならまだいいんだ。

ココが悪いとか、ココを直せばもっとよくなるとか、前向きに捕らえることができる言葉だと思うから。

でもでも、それが単なる「悪口」だったり「相手を傷つけようと思うだけの言葉」をはくときには注意が必要だと思う。

また、その言葉を使う「場所」を選ぶのも大事だと思う。

たとえば、オラは、好きなモノを好きというコミュニティーに参加していたとするでしょ。

そこに、その好きなモノを頭から否定する人がドカドカ入ってきて、罵詈雑言(としか聞こえない口汚い言葉)を浴びせてきたら、どうだろう?

オラはイヤだ。

とてもイヤな気持ちがする。

「これはいいなー」と思っている人たちが集まる、そうしたコミュニティーにわざわざやってきて、否定的なことをいう人たちは、いったい何なんだろう?って思う。

そうした輩(=荒らし)をすぐにキック(蹴り飛ばして追い出す)システムがあるなら、対応の仕方もあるけども、それができない場所もある。

そうしたシステムでのコミュニティーでは、輩(=荒らし)はスルーするのが基本とされる。

でもでも、荒らしが去るまで、ずっと黙りだったりスルーしているのが辛いというのも事実。

だって、自分の好きなモノを(ときには人を)の悪口を、だまって聞いて受け流すというのは、それはとても辛いことだとオラは思う。

もしも、どうしても、悪口だったり相手を傷つけようという言葉を使いたい輩は、そういう人たちだけで新たなコミュニティーをたちあげて、そこで思う存分いいあって欲しい。

まあ、でも、それは荒らしの本人達にとっても、何の進展も生み出さない行為なので、「エネルギーの無駄遣い」かもしれないけども。

◆3ネットだから言いたい放題か?

たとえば、ネットではなくリアルな関係の場合。

何らかの発表した人に対して、その作品(あるいは人そのもの)に対して、罵詈雑言を面と向かって本人に言い放つことができるだろうか?

もっというと、あるコミュニティーに入ってきて、そのコミュニティーを荒らし回る行為が、リアルでできるだろうか?

きっと、なかなかできないと思う。

それが、ネットだと、軽々できてしまうのは何だろうか?

ネットを介して、自分は安全な場所にいて、相手を攻撃する言葉を投げかけるのを、オラはとても「卑怯」だと思うし、それをするべきではないと思う。

また、ネットを介したとしても、その罵詈雑言を浴びせられた側は、リアルな人間なのだということを忘れちゃだめだ。

まして、わざわざコミュニティーに入ってきて、多くの人をいやな気持ちにするような言葉を出すことが、本当に「必要かどうか」考えてから話すべきだ、と思う。

◆4まとめ

オラが言いたかったことは5つ。

  1. 好きなモノは好きと言おう。
  2. できれば直接、相手に言おう。
  3. 批判と悪口は違うとしろう。
  4. 悪口は本人に直接いうべきものじゃない。
  5. ネットでも相手はリアルな人間だということ。

またコミュニティーで考えたことがあれば、メモしてみようと思う。

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ペットを死ぬまで飼わない親子の話。タチコマの家出。

おっす!オラかつてペットを飼っていた人!オラんちのぬこは天寿をまっとうしたと思うよ!
「ペットを死ぬまで飼わない」という人(親子)の話を目にしたので、ちょっとメモっておくよ。

きっかけは、オラが生息するWassrでのこんなヒトコトから

昨日綾目と外歩いてて5・6歳の子に話しかけられたんだけど「家にも猫いるよー、小さいの、大きいのもいたけど年とったから放した!」って言ってて、それは死んだのを親が気遣ってそう言ったんだろうと思ったんだけど、本当だったらとか、年とったら捨てるものだって思って育つのもどうなんだろうとか、色々考えてもんやり。私だったら自分の子供には死んだって言う…と思う、けど年にもよるかなぁ。まだわからん。
by Aya@寝飽きた

断耳してないドーベルマンピンシャーの画像(wikipediaより)ここで出てくる「綾目」というのは、Aya@寝飽きたさんが飼われているドーベルマンピンシャーのこと。(※画像はWikipediaより引用)

この文章を読んで、オラは、ビックリした。
文に書かれてる要素は3点。

  1. 子どもの認識:「ペットが年取ったから手放した」
  2. 親の行動A(事実):「ペットが年取ったから手放した」
  3. 親の行動B(想像):「ペットは死んだけど、子どもにペットは年取ったから手放したと嘘をついた」

どれをとっても、ゾッとする話。
この子どもは「ペットは年取って古くなったら買い換えればいいモノ」「可愛くなくなったら捨てていいもの」と思っているんだろう。
まさに親の教育のたまもの。 

上の話を読んで、本当にそういうコトをする人がいるのか、調べてみた。

AllAboutにこんな話がのってた。

先日、犬猫の引き取り業務も行っている部署で働く行政の方から、ちょっとショッキングなことを聞きました。犬や猫の引き取りを依頼する方には、「子供の情操教育が終わったから」と言われる方が少なくないそうなのです。子供の情操教育っていったい何なのでしょうね?
ペットによる子供の情操教育について [小さなペット] All About

こういう親は、「少なくない」らしい。
いらなくなった犬猫は、さくっと処分できる人が「少なくない」ということ。
つまり、先のAya@寝飽きたさんが出会った子どもの家庭では「古くなった犬を処分」している可能性が、「本当にある」、ということ。

Aya@寝飽きたさんの話でオラが思い出したのは、アニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の「第12話 タチコマの家出」だった。

ある日タチコマは、ミキちゃんという女の子に出会う。
ミキちゃんは飼っていた犬(ロッキー)がいなくなってしまい、それをタチコマが一緒にさがしてあげる、というエピソード。
ふたりで“海が見える丘公園”へと向かう途中に、こんな話をしはじめる。

第12話 タチコマの家出 映画監督の夢 ESCAPE FROM*
ミキ「ロッキーはね、ミキが産まれた時からずっと一緒に暮らしてたの。一緒に遊んだり、一緒にご飯食べたり、一緒のベッドにも寝てたんだよ。」
タ「ふーん。二人は仲良しだったんだね。」
ミキ「うん。」
タ「でもロッキーは何で迷子になったの?いつもミキちゃんと一緒にいたんでしょ?」
ミキ「うん・・・ねえタチコマ。貴方秘密の金魚っていうお話知ってる?」
タ「秘密の金魚?知らない。」
ミキ「私と同じ位の女の子が主人公の物語なの。」
タ「物語?」
ミキ「そう。自分の金魚をどうしても人に見せたがらない女の子のお話で、その子が何で人に金魚を見せたがらないかっていうと、自分のお小遣いで買ったからだって言うの。それでね、周りの大人は、なんて困った子供なんだろうって心配するけど、本当はその金魚はもうとっくに死んじゃってて、その事を周りの大人に気付かれまいとして女の子は金魚を誰にも見せなかったの。」
タ「うーん、よく分からないなあ。だって金魚は死んじゃったんでしょ?だったらまたお小遣いとかで新しくすればいいのに。」
ミキ「駄目よそんなの。死んじゃった金魚はもう帰って来ないんですもの。女の子は金魚が死んだ事で自分が悲しむだろうって大人達に思われたくなかったのよ。だって自分はもう十分悲しんだもの。」

このあと、ふたりで“海が見える丘公園”で、ロッキーのお墓を見つける。
ミキちゃんはこう続ける。

ミキ「私、本当は知ってたんだ。木曜日にナーサリーから帰ってきたらロッキーがいなくなってて、もうずっと前から元気がなかったの。ママ達は、ロッキーは出かけたって言い張るの。でも金曜日も土曜日も、ロッキーを探しに行こうって言ってもパパもママも、ダメだって言った。だからもう、ロッキーは死んじゃってるんだって分かってたけど、探しに行くふりしなきゃミキが、本当の事知ってるんだってパパとママに分かっちゃう…」

もうね、オラはこのシーンは何度みても号泣するんだ。
このブログを書くためにDVD見直したんだけど、まあ、涙ぽろっぽろだわ。
最初に見たときには、2004年の作品だから、うちのぬこも元気だった頃だけども、 それでもぽろぽろ泣いてしまった。

さっきの子どもも、このミキちゃんのように、「本当は飼ってたぬこが死んだけど、知らないフリをしている」、だったら良いのになぁ…。

◆ミキちゃんとタチコマのエピソードは「虚構」であるけど、とてもよい話。また、冒頭の子どもの話は「現実」だけど、とてもゾッとする話。

実は、こういう「なんで古くなった年寄りを殺しちゃダメなの?」って、疑問すら思わない人が多くなってるのかもしれないな、と思う。

また、そうした人たちが、実は政治家のトップになったりしてて「年寄りや弱者は切り捨てる」のがいまの日本だと思う。
大阪市の橋下市長や、東京都の石原都知事の政策なんかは、「老人は死んで」って言ってるのと同じだもの…。

「古いぬこは放した!」と、当たり前のコトとして言い放つ子どもがいるのが、まさに「いまの日本の縮図」なのかもしれない。
また、そういう家族に、『タチコマの家出』をみせても、まるでピンと来ないのかもしれない。

オラは、アニメで描かれた「虚構の話」の方が、ずっと、もっと、理想的な世界だと感じた。血も涙もなく、またゴーストもなく、死という概念を理解できないタチコマでさえ、ミキちゃんの話を聞いてオイルを流すという世界が。

爆弾低気圧と企業の対応とか

おっす!オラ低気圧ボーイ。低気圧のときになると頭が痛くなるよ。

昨日のは「爆弾低気圧」と呼ばれる、台風のような天候になったのだけど、そんななかでの企業の対応をメモしてみるよ。


※千葉にある某夢の国

まずこの「爆弾低気圧」というのは、一日に24ヘクトパスカルも低下するような、ものすごい勢いで成長する低気圧のことをさす。これは、気象学的な正式な用語ではない。英語では“bomb cyclone”とも。

それで、ふつうは気象庁は台風の時くらいしか記者会見しないんだけど、今回は4月2日(月)の時点で、注意を呼びかける異例の会見をしたんだよね。まあ、そのくらいに「警戒して備えてね!」ってレベルの低気圧だった。

あけて、4月3日(火)は、関東地方でもつよい風が吹いていて、お昼くらいには、各地でいろんな被害がではじめた。

台風のようなつよい風にあおられて、富山市ではトラックがなぎたおされたりした(写真は時事通信)。

そうした状況をみて、企業では午前中で仕事をきりあげるところや、早めに社員を帰宅させるところもでていた。
昨年の3.11で帰宅困難者が多数出たときのこともあって、「安全第一」の対応が目立ったように思う。

千葉県の海浜幕張ちかくにある企業が、午後3時には社員を帰宅させようとしていたけど、京葉線が風の影響で止まってしまって、バス停が混雑している状況がテレビでも放映されてた。

◆東京ディズニーリゾートの対応

そんななか、海浜幕張駅のすぐ近くにある、舞浜駅の前にある『東京ディズニーリゾート』では、一部の屋外でのアトラクションなどは中止になるも、閉園時間がはやまることはなかったみたい。

テレビのニュース映像で、ディズニーリゾートに遊びに来ている家族のインタビューが流れた。
ものすごい風の中で、カッパを着ながら「せっかく楽しみにしてきたのに天気が悪くて残念です」とインタビューに答えていた家族などが印象的だった。

◆自転車便/サイクル急便Cy-Q

おなじニュースで、都内の様子も取材していたが、そんななか自転車便の『サイクル急便 Cy-Q』の配達員のおねーさんの姿もあった。

ものすごい雨と風の中を、自転車に乗って配達する姿が、印象的だった。
リポーターに「大丈夫ですか」と聞かれていたけど、ふつうに考えれば「大丈夫ではない」だろう。

◆鬼畜の所業

これらの企業の態度は、オラには「鬼畜の所業」にうつったよ。

東京ディズニーリゾートは、お客さんの安全第一に考えれば、閉園時間を早めるべきだったし、もっといえば、開園しなくてもよかったのではないか?
また、京葉線は早々に風の影響で止まってしまったけども、ディズニーリゾートに来た客のなかでは、足止めくらうひともいただろうし。

また、Cy-Qは、社員の安全を考えれば、営業時間を短縮する方がよかったのではないか?
自転車便は、都内の車の間をすり抜けることで、郵便物をより早く配達できることを売りにしている。
でも、昨日のような、大嵐の中で、安全に配達するのは、とても困難だと思う。

昨日は、東京都心でも29.6メートルの風が吹いたっていうが、そうした状況で、車の間をすり抜けて自転車を飛ばすということが、まあ、どれだけ「危険」かは、判断できるはずだ。

それでも、東京ディズニーリゾートも、Cy-Qも、営業を続けることにしたのは「安全よりも利益追求」した姿勢の表れだと、オラは感じた。
気象庁がいくら「危ないから外出は控えるように」と記者会見で注意を呼びかけても、それを企業が聞き入れなければ、なんの意味もないし。

こうした「危険予測ができない企業」の姿勢は、非難されてしかるべきだと、オラは思う。

ささいなことで傷つく人・あたしンちのインタビュー記事より

おっす!オラ『あたしンちファン』だよ!『あたしンち』はマンガのタイトルだよ!

きょう、読売新聞日曜版にのったインタビュー記事を読んだので、思ったコトをメモっておくよ。

けらえいこ
どんなささいなことでも傷つく方がいるんですね。
例えばタチバナ家のおかずはいつも少ないですけど、それを「ひどい」と怒る方がいたり。
そうした描写で何か脅かされるというか、イヤな気持ちになるんだ、ということを知りました。
お母さんが身勝手だ、とか、お父さんに気を使いすぎだ、といった声もあって。
たぶん、もともとあった傷に触ってしまうんでしょう。
私が思う以上に家族関係に傷ついている人が多いのかもしれません。
家族は安らぎの場、と思う人もいれば、家族のせいで苦しむ人もいる。
もろ刃の剣だなと思います。

読売新聞 日曜版 2012.03.25

前に、おらもあたしンちの感想を書いたけど、それとはちょっと違う「読者からの感想」だと思った。

なにか、モンスターペアレントのように、モンスターファンがいるんだな、と感じた。

何かを攻撃することで、自分の立場を守ろうとする人っていると思う。
相手を傷つけるために、自分が傷つけられたと声高に叫ぶ人っていうか。

  • 「痛い痛い痛い痛い!」
  • 「ワタシはこんなに傷ついた!」
  • 「アナタはひどいだ!」
  • 「だから慰謝r」

タチバナ家のおかずが少ないことを「ひどい」と抗議して、それを作者に伝えようとする人って、きっとマンガを読むべきではない。
その「ひどい」と思う心を、もっと突き詰めて考えるべきかもしれない。
なぜ、自分はこのシーンで傷つくんだろう/怒ってるんだろう?と。
なぜ、おかずが少ないことを「ひどい」と叫ばずにいられないんだろう?と。
誰かに「ひどい」と責められたトラウマがあるんじゃないか?と。

おらはこのインタビュー記事を読んで「マンガを読んで楽しむ前に、自分の心の傷を治すことや見つめなおすことが、先なんじゃないの?」と言ってるように感じた。
いや、けらえいこはそこまで言葉に出してはいないけども。

マンガを読んで「ひどい!」と叫ぶ人って、「自分は痛い!傷ついた!」と絶叫するのには必死だけど、その感想を読んだ相手(=作者けらえいこ)が、その感想文によってどれだけ傷ついてしまうか、まったく想像すらしたこと無いんじゃない?
自分の傷には敏感だけど、相手が傷つくことには鈍感っていうか。

なるべくなら、その逆で生きたいかも。
自分の傷つくことは鈍感だけど、相手が傷つくことには敏感っていうか。