浦沢直樹展☆描描描!

おっす!おらマンガすきっこ。

最近は、毎日のようにマンガを買って、読んでいるよ。

ストレスへの対抗措置だな!

それはおいておいて、世田谷文学館で開催中の『浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる』をみてきたよ。

※猫猫猫ではないよ!(似てるけど!)

800円とおやすめ。おすすめ。浦沢直樹の原画展。

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最近、アートと魂について、「日記かな」に書いていたこともあって、なにかしらのアート作品にふれてみたいタイミングではあったのね。

そんななか、NHKの『浦沢直樹の漫勉』が、良いコンテンツだとしる機会があったり、本屋で立ち読みした雑誌に、浦沢直樹の記事がのっていたこともあって(宣伝のいっかんなんだろうけど)、たまたま目にした浦沢直樹の展示に、まんまと行ってきたしだい。

結果、よかった!

マンガにも、もちろん、作者の魂がのっていて、マンガで描かれている線の一本一本にも、確実に魂がやどっている。

そして、やっぱり、一コマや、線の一本ではなく、マンガの原稿が、マンガとして並べられているのをみると、ものすっごい吸引力がある。

世界に引き込まれるね。

で、展示会場にきていた人たちは、みんなマンガ好きなので、原稿の前で食い入るようにみたりしてた。

あと、館内には撮影ポイントが2箇所あって、その前で撮影している人もいたよ。

おらはひとりで行ったから、トモダチいなくて、行ったから、トモダチの撮影だけしてみた(意味深)。

ともだちー

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でも、そうは書いているけど、たとえトモダチがいたとしても、美術館には一人で行くと思う。

一緒にいっても、横にいる人を気にしていたら、アートに没頭できないからね。

浦沢直樹の展示でもそうだったのだけど、子供の時の作品を、まだとってあるのがすごいよな。

小学二年生の時に描いた、マンガが、すでにちゃんとマンガとして、そこに展示されているのが、本当にびっくりした。

浦沢直樹は、子供の頃から漫画家になるべくしてなったような気もしたな。

あと、大学生の頃のルーズリーフがあって、そこに、数学の先生やら、教科ごとの先生の似顔絵がかかれているのが面白かった。

いっぱつで、その人の特徴をとらえて、マンガのキャラクターのように描かれた人物像は、浦沢直樹のキャラクター形成のすごさを実感できる。

デビューする前から、すごかったんだって本当にわかる。

おらは、『PLUTO』が好きだったのだけど、それ以外の作品もまた読み返したくなったよ。

あと、2月28日には、トーク「Boseと美津留の浦沢解剖学」があるらしいよ。

浦沢直樹本人とスチャダラパーのBoseと、浦沢直樹の漫勉の放送作家/倉本美津留がトークイベントするんだって。

応募締め切りは、2月14日までとのことで、申し込み方法等は下記のURLから、どうぞー。

http://www.setabun.or.jp/event/list.html#event00199

 

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安野光雅の世界(八王子市夢美術館) のあと エスプレッソ ソーダ(Khazana Coffee)

おっす!おら安野光雅大好きっこ。

大好きというか、尊敬の対象なのだ。

その安野光雅の作品が展示されている美術館は、島根県の津和野町にあって、なかなかおいそれと行くことができない。

しかし、八王子市夢美術館 で、『安野光雅の世界 空想と歴史物語そして風景』が開催中なのだ。2015年7月31日[金]〜9月27日[日]。

展示期間中、小中学生は無料らしいので、近隣に住んでるなら、行って損は無いよ。

間近で見ると、線も色も本当に気持ちよくて、うっとりした。

やっぱり、おらの目指したい絵の方向は、こっちだなぁという気がした。

その後、美術館をあとにして、すぐそばにある『Khazana Coffee(カザーナ・コーヒー)』に入って、お茶にした。

いや、正確には、『エスプレッソ ソーダ』なるものにした。

2015-08-16 10.58.01

店員さん曰く、使っているレモンは国産のものらしく、しぼったら、グラスの中にinして、そのまま飲むそうだ(ソーダだけに)。

教えてもらったとおりにして、飲んでみたところ、これが、めちゃくちゃ美味しい!

爽やかなレモンの薫りと、コーヒーのリラックスする感じと、ソーダのスカッとさと、うっすらした甘さがあいまって、まさに清涼感のかたまりが、身体に染みこんでくる。

いや、おら、『エスプレッソ ソーダ』というのは、初めて飲んだのだけど、一口で完全にファンになったわ。

美味しくて、そのあと一口ごとに「めっちゃうまい。これマジめっちゃうまい!」とひとり言をつぶやいてたほどにw

あまりに美味しかったので、食べログに投稿したわ(カザーナ・コーヒー 八日町店)。

このコース「安野光雅の展示を見て→カザーナ・コーヒー」はマジでオススメよ。

ただし、カザーナ・コーヒーの8月の営業予定を見ると、8月の半ばにはけっこうお休みの日があるようなので、行くなら確認してから行ったほうがよいかも。

八王子に用事があるときには、またぜひ立ち寄ってみたいカフェだわ。

宗教が伝えたい真理は「生きろ」と「眼鏡」

おっす!おら般若心経すきっこ!

といっても、仏教徒として、清く生きているわけじゃないんだけどね。

エロ大好きだし、お酒もすきだ!博打はやらない。

なんやかんやあって、宗教について、考えたので、いまのスタンスで書いてみる(重いテーマか?)。

Sagrada_Familia_02

先日、長崎美術館で『特別展 建築家・ガウディ×漫画家・井上雄彦 -シンクロする創造の源泉』をみてきた。

とても、とてもおもしろかった。

ガウディは、この写真「サグラダ・ファミリア大聖堂」の建築家として有名だ(31歳から、この建築に携わっていたとは!)

「サグラダ・ファミリア」はあまりに巨大な建造物なので、建築が100年以上たっても、いまだに完成していないの。

まだ完成していないのに、すでに修復作業もはじまっている。

あまりに、建築の年数が経っているので、新築現場と、補修現場が同居しているという建物なんだそうな。

美術館の解説によると「生と死がせめぎあっている姿のような建造物だ」という言葉が印象的だった。

大聖堂というくらいだから、キリスト教の教会なのだけど、世界にはキリスト教以外にも、たくさんの種類の「宗教」がある。

おらは「宗教」は、人に望まれて、生み出された「発明」だと思っている。

神様が世界を作ったのではなくて。

辛い現実世界を生きるために、人が神様を「発明」したと思っている。

そう、この世で生きていくのは「辛い」のだ。

あまりに、辛すぎるのだよ。

「生老病死」から逃れられる人間は、誰もいない。

「生まれちゃった」ことから始まる、4つの大きな苦しみは、死ぬまでエンドレスに続く。

そうした「辛い人生」の人は考える。

ともすれば、「なんで、こんなに苦しいんだよおおおおおお!!!!!!はやくゴールしたい=死にたい」と考える。

そこに、歯止めをかける「発明」が「宗教」だと、おらは思う。

みんなすぐに「死にたく」なったら、この世で生きていく人がいなくなる。

死にたくなるほどの辛い現実を、どうやって受け止めたらいいですか?という悩み・質問に答えるすべが、宗教だ。

宗教の真理は「生きろ」につきると思う。

辛い、辛い、辛い、という人たちに対して、なんとかして「生きろ」というメッセージを伝えるために、宗教はある。

もし、「生きろ」ではなく「しね」という宗旨がある宗教があったら、それは、おらの考える「本来の宗教」とは別の何かだ。

まがい物だ(断言)。

「生きろ」が宗教の本質である。

そして「どうやって生きるべきか」について、様々な解釈があり、その解釈の分だけ宗教が存在する。

日本人は、無宗派が多いので、「宗教=あやしいもの」と考えてしまうけど。

「辛い現実」だと感じる世界を、「辛くない世界」に変えるのは、物理的な面と、精神的な面を変えていくことが必要だ。

捉え方を変えると、見える世界が変わる。

その捉え方に強制的な補正を加えるのが「宗教」だと思っている。

目が悪い人に、眼鏡をかけるようなものかな。

ただし、自分にあっていないという宗教は、すぐに身を引くべきだ。

度数があってない眼鏡は、余計に身体に悪い。

また、裸眼でも、ものがよく見える人には、眼鏡が必要ないのと同じように。

宗教が必要なくても、生きていくこともできる。

ただ、宗教の面白いところは、「人生の捉え方について」何千年もかかって到達した「考え方の一つ」なので、とても「参考になる」のは間違いない。

自分でいまから、何千年も「生きていくってなんじゃろな・辛いな」と悩んで考え続けるよりも、もうすでにそうして悩んで悩んで悩みぬいてきた人たちが作ってきた「宗教=世の中を見るときにかける眼鏡」は、参考になるのだよ。

まあ、おらとしては、そうした「宗教」は、あってもなくてもあまり不便は感じない、平和なところで生きているのだけど。

この先、戦争が起こるとなると(もうすでに戦中かもしれないが)、話は変わってくるかも知れないけども。

創作物とスタンドと魂のかたち

おっす!
おら、デザインフェスタの会場から!

デザインフェスタで、たくさんの創作物に触れて感じたこと。

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それは、シンプルにいうと、創作物とは、ジョジョ的にいうと、スタンドと同意だなぁ。
または、魂のカタチ。

前から、美術館をめぐると、そうおもっていたのだけど、デザインフェスタでは、より、強くそう感じる。

様式美である場合もあるけど、めちゃくちゃな格好だったり、めちゃくちゃあやしい、あやういモノであったり。
可愛かったり、小さかったり。
ハイカラだったり、モノクロだったり。

いろんな創作物があって、いろんなスタンドをみた気がする。

そんで、思うのは、しぶんのなかのスタンドとか魂が、共振したりするのがわかる。

ふるふる、プルプル、ブルブル。
バインバイン。

あとは、ほんとに好き勝手な格好してるのは、もっと日常でそうなったら、おもしろそうだ。
会社とか、そういう場面でも、自分のスタンド全開にしてたら、楽しそうだし。
あと、可愛かった。

などと、ビッグサイトで書いたりしてる。