好きなモノを語るときに、嫌いなモノに言及しがち

おっす!おらブロガー。

突然だけど、おらは、アニメやゲームやマンガが好きだ。

オタク系なので、それらについて語るときは、幸せを感じてしまう。

だがしかし、それらについて語るときに、よくないクセも持っている。

おらは「好きなモノを語るときに、嫌いなモノにも言及しがち」なのだ。

よくないことだと思うので、ここに書いて、改めていきたい。

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by Megan Meyer

もう少しだけ、詳しくのべよう。

たとえば、「Aというものがよかった!」と言いたいときに。

本当は、Aのよかった点を、たくさんたくさん褒めたらいいだけなのに。

しかし、おらは、つい蛇足でBという他のモノについても言及してしまう。

そして、Bの欠点をあげて、それと違ってAは素晴らしい、とか言ってしまう。

Bの悪い点はあれこれそれで、Aにはそれらが無いので、すごいんだ、という論調になってしまう。

なぜだ?

ついつい、口がすべるというか、キーボードを打つ手が滑る。

批判は人の耳にはなかなか入りにくいものだ。

だから、Aの良さを伝えるまえに、Bの批判をすることで、聞く人の気持を閉ざしてしまう。

結果、新規にAのファンを獲得することにはならず、逆にBのファンを敵に回してしまう。

これじゃあ、Aの宣伝としては、逆効果でしかない。

もっと、もっと、素直に、褒めよう。

直球でも、愚直でも、ストレートに、Aの良いところを、分かってもらえる言葉で、相手に伝わるように。

Aのよさを述べることにつとめて、もしも他の作品について述べたいことがあるなら、それはまた別の機会に述べたらいいんだ。

Aを褒めるときは、シンプルに、Aのことだけ、熱く語ろう。

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東京のソウル・フードってなんじゃろね?

さっき、今年最後の、ご飯を作った。

そこで、ふと思った。

はたして東京のソウル・フードってなんじゃろね?

as promised, the main food table
By kweez mcG

おらは、東京生まれの、東京育ちだけど。

父親と母親はそれぞれ他県の生まれなので、「東京のソウル・フード」というのを、よくわからないでいる。

「県民食」というか、この地方に生まれ育ったら、これだろ!っていう食べ物が、東京には無いような気がする。

あるのかもしれないが、おらにはよくわからない。

栃木なら、宇都宮餃子とか。

山形なら、芋煮会とか。

山梨なら、ほうとうとか。

北海道なら、海の幸とか。

じゃあ、東京といったら…。

うん、なんだろう?

たとえば、他県から東京に遊びにきた人と一緒にごはんを食べるとき、「東京のソウル・フード」は何を食べたらいいんだろう?

★1: 東京の味は地方の味?

東京には、それこそ、色んな地域の美味しいものが集まっている。

レストランやグルメ番組でも、東京のお店が取り上げられることは多い。

だけれども、「本場」は、また別の場所だったりする。

「美味しいイタリアンレストラン」があっても、その料理の本場はイタリアだし。

「美味しい焼き肉のお店」があっても、それは韓国が本場なのだろうし。

「美味しいフレンチ」はフランス料理だし。

「美味しいお酒が飲める店がある」といっても、それは東京で作っているお酒ではないでしょうし。

ありとあらゆる料理が食べられるのだろうけど、「ありとあらゆる地方料理を、東京で食べている」のじゃなかろうか。

「東京のソウル・フード」や「東京の味」って、あるんかいな。

★2: 東京の味は、もんじゃ焼き(仮)

東京っていったらこれよ!ってなんだろうなー。

ムリヤリ思いつくものだとすると、「もんじゃ焼き」かしら。

うん、もんじゃ焼きは美味しいけど、あれって月島という限定された地域の料理な気がするのよね。

月島以外で、もんじゃ焼きを食べたことないし。

おらが、月島でもんじゃ焼きを食べたのは、三十路近かった気がするぞ。

それが、ソウル・フード、と言っていいのだろうか?

★3: あっちとこっちの地方料理をリミックス

もんじゃ焼きを横においておいたとして、他の東京ならではの料理…なんじゃろか。

あれか、リミックス料理なのかな。

あちこちの美味しい地方のお店が集まってくる街、東京。

そうして、あちこちの地方料理が、東京の中でミックスされて、あわさって、リミックスされてできた料理。

いいとこ取りして、まぜて作った新しい料理が、「東京の味」なのかしら。

ほら、創作料理屋とかって、和洋折衷だったりするでしょ。

「○○料理の革命」って、なかをあけたら、あっちの地方とこっちの地方をごっちゃにした料理だったりするし。

中華と和風をあわせた、とか。

フレンチと懐石料理をミックスさせた、とか。

あれとこれと、ごちゃごちゃまぜて、ぐるぐるーってしたのが「東京の味」ってことでいいのかな。

★4: もんじゃ焼きでいいんじゃね?

どこの地方の、どこの食材かは知らないし、それが地図上でどこかも分からないけど、まぜて作ってみた!っていう。

ぐるぐる混ぜた料理が、「東京の味」だとするとだよ。

これって、「もんじゃ焼きの作り方」と同じかも!?

ぐるぐるごちゃまぜして、なんだか原型はよく分からないけど、できあがって食べてみたら、美味しかった。

みたいな。

やっぱり、他県の人と東京ならではのごはんに行くなら、もんじゃ焼きに連れて行ったらいいんだね。

うん、納得。

「もんじゃ焼き」が東京の味ってことで、仮にもし他県の人とデート的なごはんだったとしても、いいんだよね。

大丈夫だ。問題ない。

twitterでfavがフォロワーに流れることって、問題じゃないの?

おっす!おらふぁぼヤロウ。

Twitterで、最近、ふぁぼしていて思うことは、表題の件。

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いままでは、RTをしたときに、明確にフォロワーに対してツイートが流れていったでしょ?

でも、いまは、favしたものすら、リツイートと同じように流れることがあって、それって、フィルターも何もあったもんじゃないんじゃないか?って問題に思う。

たとえば、18禁のイラストや写真について。

Aという人は、18禁の写真やイラストをアップすることがあるので、「自分は18禁アカウントですよ」とちゃんと公言していたとするでしょ。

フォロワーも、Aさんは18禁のツイートをするって分かっていてフォローしている。

でも、AさんのフォロワーであるBさんが、Aさんのツイートをfavしたとすると、しらない間に「Bさんがfavしました」的な感じでBさんのフォロワーのTLに、Aさんの18禁ツイートが流れて行ったりスルんだ。

  1. Aさんは18禁ツイートをする(=Aさん本人)
    1. Aさんは18禁ツイートをすると知っていてフォローしている人たち(=Bさん)
      1. ↑BさんがAさんのツイートをfavしたことで、Bさんのフォロワーに18禁が流れる(=Bさんのフォロワー)・問題:Twitterがゾーニングが壊す

それって、ゾーニング的には問題あると思うんだ。

Aさん本人と、AさんのフォロワーであるBさんは、ちゃんと18禁のゾーニングを意識していたとしても。

Twitterが、Bさんのフォロワーである人たちに対して、18禁ツイートを垂れ流す手助けをしているんだから。

それとも、仕様的に、そういうのはできないようにフィルタをかけているのかね?

# なってないだろうと思うからココに書くのだけど。

ツートとfavの境界線をあいまいにしたのは、失敗じゃないかしらね。

ユーザとしては、18禁のゾーニングを気にしていても、無意識に拡散につながるのは、Twitterの問題だよなーと。

つまりは、「安心して18禁ツイートをfavしたい!」ワケなんですよ。

おっぱいおっぱい。

収集した画像をMacで埋もれさせない方法

おっす!おらおっぱい&ぽっちゃり好き!

ぽっちゃり女性が好きだし、ぽっちゃりおっぱいは大好きだし。

そういうアレな趣向なので、たまに、おっぱい写真集をダウンロードしたりしている。

もちろん、ちゃんとおっぱい料金をはらってダウンロードしているのであるが、それはともかく。

(おっぱい)画像をMacで埋もれさせない方法について。

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By Breastfeeding Older Children

やり方はかんたんで、壁紙の設定で、フォルダ単位で指定をするだけ。

デスクトップ > デスクトップのバックグラウンドを変更

とすすんだら、火を吹かせたい画像フォルダを選択する。

この時に、15分おきに自動でピクチャが変わる設定にするのをオススメする。

すると、「あら不思議!」お気に入りの画像が、どんどんと壁紙に登場するようになる(不思議じゃない)。

忘れていたようなおっぱい写真や、かわいい写真に、ふとした時に出会えたりする。

ここで注意しておきたいのは、このMacを家族と共有していたり、Macをのぞきこまれたりするときには、気をつけたほうがよいと思う。

また、Macのバージョンを、Yosemiteにアップデートしておくと、なおいいと思う。

その理由は、Yosemiteだと、画面がロックされたときに、デスクトップはモザイクというか、すりガラス調になるからだ。

それ以前のバージョンのMacだと、ロック画面はデスクトップがまんま表示されてしまうので、かりに「おっぱいデスクトップ」でロック画面になると、うっかり家族に見られてしまうということもありうる。

Yosemiteならば、そのあたりも安心だ。

まあ、すりガラス調なので、薄めで見たら「裸体だろ」と分かるかもしれないけども。

「自称ババア」をヤメた方がよい理由とは

おっす!おらおっぱいにすと!

女性のおっぱい大好き。

そんなおらが、女性の皆さんに言いたいこと。

「自称ババア」をヤメた方がイイと思うんだよね。

それはナゼなのかを、シチュエーションごとに述べてみたい。

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by Craig Letourneau

◆疑問:ナゼ「自称ババア」が生まれるのか?

そもそも、「自称ババア」とは何かを説明しておくと、それは文字どおり、自分のことをさして「ババア」という女性のことをいう。

ババアという、蔑みの言葉を「自称」してしまうのは、ナゼなんだろう。

自分のことを蔑んで「ババア」という人は、ネットの中でもよく見かけるし、仕事場などでもよく耳にする。

逆に、男性による「自称ジジイ」というのは、「自称ババア」よりもかなり少ないのだと思う。

女性の方が、自分の「老いについて実感する」あるいは「感じる」ことが多いのかもしれない。

◆自称ババアの年齢層

自称ババアの年齢層は、実はよく分からない。

ネットの世界では、女子高生を卒業したら、すでに「自称ババア」があらわれているように思う。

20代でも「自称ババア」はいるし。

30代でも「自称ババア」はいるし。

40代でも「自称ババア」は存在する。

何歳以上が「自称ババア」の適齢期なのかは、正確には分からない。

もちろん、自分のことを「ババア」と言わなくてもいいのだ。

あたりまえだけど、誰かに強制されて「あなたは今日からババアと自称するように」と命令されているわけではない。

◆仕事場での「自称ババア」の弊害(女性へのダメージ)

では、ここから、実際のシチュエーションごとに、「自称ババア」がナゼよくないのか、述べてみたい。

まずは、このエントリーのきっかけになった、仕事場での弊害について。

あえて「弊害」と、強いワードを使ってみたのだけど、「自称ババア」は、そのくらい周りに対して「強いインパクトがあるワード」なのだということを、伝えたい。

「自称ババア」は「自称=自傷」の言葉のようであるけど、実はそうではない。

「自称ババア」というワードは、他の人(おもに女性)に対しても無意識にダメージを与える言葉なのだ、ということを知ってもらいたい。

たとえば、Aさんが「自称ババア」で、年齢が30歳だったと仮定しよう。

その雑談の相手を、アナタ(女性)がしていとして、アナタの年齢は35歳だったとする。

アナタは、Aさんが「自称ババア」だったら、どう感じるだろうか?

アナタは『私より年下のAさんがババアだったら、それより年齢が上の私はいったい何なんだよ!』という気持ちになるのではないかしら。

Aさんが「自称ババア」発言をするたびに、Aさんよりも年齢が上のアナタは「強制的にババアとして扱われる」ことになるのだ。

実は、Aさんの言葉には、そこまでの悪気なく、単純に「自分のことをさしてババア」と言っているだけなのかもしれない。

しかし、「自称ババア」の発言をすると、その話を聞いた年配の女性は、「アナタ方もババアである」というメッセージを受け取ることあるのだ。

そこを理解している女性は、ひょっとしたら少ないのではないだろうか。

少なくとも「自称ババア」の人たちは、そうした「他人へのダメージを含んだ言葉」だとは感じていないのだろうと思う。

それではさらに一歩進んで、Aさんの年齢がもっと年下だったらどう感じるだろうか。

Aさんが25歳で、アナタの年齢が35歳だったらとしたら。

Aさんが「自称ババア」の発言をしたときに、アナタへのダメージは全く違ったものになるのではないだろうか?

このように、仕事場での「自称ババア」発言は、無意識に周囲にダメージを与えている可能性があることを、察してもらいたい。

◆恋愛シチュエーションへの弊害(男性への牽制)

さらに「自称ババア」の弊害をのべたい。

それは、「自称ババア」が、女性だけではなく、男性へも影響を与えているのだ。

女性へは「ダメージ」であったが、男性へは「牽制」となるので、影響の種類がちょっと異なるのだけど。

今度のシチュエーションでは、アナタは男性だとしよう。

気になる女性のYさんが、「自称ババア」発言をしたら、どう感じるだろうか。

Yさんの「自称ババア」発言は、Yさんの魅力をアップさせるものだろうか。それともダウンさせるものだろうか。

もう、言わなくても分かるだろうが、「自称ババア」は、明らかに「Yさんの魅力をダウンさせる言葉」なのだ。

Yさんが、「自称ババア」の効果を熟知していて、男性であるアナタへの牽制として「自称ババア」を使っているのなら、それでもいいのかもしれない。

つまり、アナタ(=男性)に近寄ってきてほしくないがために、「あえて自分はババアである=魅力がない女性アピール」をしているのであれば、効果はあったということになる。

しかし、Yさんが、男性とお付き合いしたいと考えているのなら、「自称ババア」をすぐにヤメるべきだと進言したい。

◆自分への弊害(自称ババアで老化促進)

「自称ババア」は、他人への影響を与える言葉だけにとどまらないかもしれない。

これは、おら自身が「自称ババア」ではないので、推測にしかすぎないのだけど。

「自称ババア」は、はっきり言うと「老け込ませる」言葉だと思う。

一般的に言って、人は、心身ともに、影響を与え合っている。

心が病めば、体調不良になるし、逆に、体調不良になれば、心も荒んでしまう。

心身ともにセットなのだ。

では「自称ババア」という言葉を使うとどうなるのか。

「自称ババア」は、心身ともに「老いを加速させる」言葉だろう。

体が「ババア化」したことを認識して、「自称ババア」という言葉を使い始めた結果、やがて心も「ババア化」し。

心が「ババア化」したことを認識して、「自称ババア」という言葉を使うことで、さらに体も「ババア化」がすすむ。

「自称ババア」を使うことで、女性の「ババア化スパイラル」の完成は、待ったなしだ。

逆に言えば、「自称ババア」を使わなければ、年齢はいくつであっても「ババア化」スパイラルは発動しないことになる。

◆自称ババアはマジックワードだ(悪い意味で)

このように「自称ババア」という言葉を使うと、女性にも男性にも、印象が悪くなってしまうということを知ってほしい。

また、自分に対しても、老化を促進するマイナスの効果を持っているうことに、気づいてほしい。

まさにマジックワードだ。

もちろん悪い意味で。

それでも「自称ババア」というワードのもつ、影響を知った上で、あえて使うというのであれば、とめはしない。

オススメする使い道を考えるのであれば……

実年齢が100歳以上で(他の女性はみんな年下)、男性からも恋愛対象外として扱われることを望んでいて、老化促進を物ともしないような、魔女のような存在かしらね。

まさにマジックワードだ。

大事なことなので。

兵器をカッコイイと思う気持ち

おっす!おら戦争反対者!

唐突だけど、掲題の件で思うことがあって、メモしておく。

war on Kegelgasse
By Camil Tulcan

おらは、戦争する気はまったくなくて、戦争反対な立場だけど、でも、二次元世界に出てくる兵器を「かっこいい」と思う感覚って、なんだろう?

最初にいつ「芽生えた」のかは覚えてないけど、ガンダムやら、ロボットアニメやら、なんやらかんやらを「かっこいい」と思ったことはある。

いまだと、艦これは、「兵器」でもあり「女の子」でもあるというアレで、「かっこいい」のか「かわいい」のかっていうのはあるけども。

ともかく、おらは、二次元の兵器に対しての気持ちと、三次元の兵器に対しての気持ちは、別物だ。

うん、三次元の兵器を「かっこいい」と思う感覚は、ちょっと理解できない。

自分に理解できないものは「こわい」という感覚になってしまいがちだけど。

同じように「三次元の実際の兵器をみてかっこいい」という意見のひとは、おらには「こわい存在」だ。

こわいな。

「兵器をみてかっこいい」という感覚は、同じように「人を殺すための機械をみてかっこいい」と言ってるのと、大差がない。

たとえば、電気椅子をみて「かっこいい」とか。

ギロチンをみて「触ってみたい」とか。

ガス室をみて「すてき」とか。

そういうのと、おなじ感覚に、おらには感じる。

こわい。

それでも、そういう人が、まわりには「わりとけっこういる」のだよね。

そういうやり取りを目にするたびに、こわいと感じる。

嬉々として兵器を撮影する気持ちは、理解できない。

ホラーゲームや、ホラー映画を楽しんでいるのよりも、リアルな兵器をかっこいいと言う感覚を持ってる方が、おらにはずっと理解できないし、よっぽどこわい。

クツの捨てどきっていつなんだぜ?

おっす!おらナナシ!

いま、おらのクツ、こわれてんだ。

しかし、クツの捨てどきがいつなのか分からずに悩んでいる。

そんなエントリー。

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By ドラゴンボール (巻3)

ドラゴンボールの孫悟空のように、クツがパカパカにぶっこわれていれば、おらも捨てやすいのだけど…。

いまのおらのクツは、クツの裏側が、だいぶ磨り減っている。

すり減っていて、底のグリップ力(滑らない力)がだいぶ弱まっている。

そして、ついに、クツのゴムがぺろっと一部がめくれている。

でも、だが、しかし。

捨てどきが、よく分からない。

もう、とっくに、新しいクツは買っていて、いつでも、履き替えることはできるのだけど。

それでも、古いクツを履いている。

理由は「クツがまだ履けるから」だ。

いまのところ、クツの底がすり減っている以外では、まだ履けそうなんだよね。

また、おらは クツを修理に出したことがないのだけど、クツの底を張り替えたら「さらに履ける」気がする。

しかし、そこまで手をかけて修理するほど、お高いクツだったわけでもないし。

一方で、もう、十二分にもとはとったので、クツを成仏させてあげても、よい気もする。

また、すり減ったクツで、雨の日に歩くのは、危ないという面もあるし…。

でも、雨の日に、新しいクツをおろすというのも、それはそれで、勇気がいるんだよね。

いっそ、悟空のクツのように、自分でぶっこわして、踏ん切りをつけるのがいいのかな。

よし!9月2日は「クツの日」だというので、この日を境に、新しいクツに切り替えよう!

って、もう、今日は、9月3日じゃん!