可愛がること、愛すること、のヒント

おっす!おら孤独を愛するマン!

おら自身は、「愛する」ってよくわからないけど、Twitterでおもしろい言葉があったのでメモしておくよ。

スクリーンショット 2016-02-05 04.20.19https://twitter.com/hironobutnk/status/694355272052027392

なかなかに面白いなぁ!

たしかに、男性の「愛しているよ」は、「セックスしたいよ」って意味で、使っているかもしれない。

それを、女性であるお母さんは、猫を飼う時の「可愛がる」の意味を、子どもに説いた。

この場合の「可愛がる」は、「愛する」にほぼ同意なんだろうね。

「愛する」には、いろんな意味が含まれていて、その中で「食べさせること」や「死なせないこと」は、身近にいる存在に対しての、「愛する」なのかしら。

某テレビ局の「愛は地球を救う」っていうテーマは、おらは嫌いなのだけど。

でも、たとえば、ユニセフ(のっと日本ユニセフ協会)の活動をもしも「愛」とよぶのならば、それは「食べさせること」や「死なせないこと」という意味と、同意に見えてくるな、たしかにね。

自分の子どもを、家族を「愛する」でいえば、たしかに、自分の家族を「食べさせていくこと」「死なせないこと」は、含まれているし。

逆に、「セックスしたいよ」は、「愛する」には含まれていないことが、見えてくるな。

だって、家族に対して「セックスしたいよ」は、ちょっとおかしい。

おら自身は、「愛する」って、どういう意味か、ずっとわからないままでいるけど、愛についてのメモとしてのエントリー。

好きなモノを語るときに、嫌いなモノに言及しがち

おっす!おらブロガー。

突然だけど、おらは、アニメやゲームやマンガが好きだ。

オタク系なので、それらについて語るときは、幸せを感じてしまう。

だがしかし、それらについて語るときに、よくないクセも持っている。

おらは「好きなモノを語るときに、嫌いなモノにも言及しがち」なのだ。

よくないことだと思うので、ここに書いて、改めていきたい。

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by Megan Meyer

もう少しだけ、詳しくのべよう。

たとえば、「Aというものがよかった!」と言いたいときに。

本当は、Aのよかった点を、たくさんたくさん褒めたらいいだけなのに。

しかし、おらは、つい蛇足でBという他のモノについても言及してしまう。

そして、Bの欠点をあげて、それと違ってAは素晴らしい、とか言ってしまう。

Bの悪い点はあれこれそれで、Aにはそれらが無いので、すごいんだ、という論調になってしまう。

なぜだ?

ついつい、口がすべるというか、キーボードを打つ手が滑る。

批判は人の耳にはなかなか入りにくいものだ。

だから、Aの良さを伝えるまえに、Bの批判をすることで、聞く人の気持を閉ざしてしまう。

結果、新規にAのファンを獲得することにはならず、逆にBのファンを敵に回してしまう。

これじゃあ、Aの宣伝としては、逆効果でしかない。

もっと、もっと、素直に、褒めよう。

直球でも、愚直でも、ストレートに、Aの良いところを、分かってもらえる言葉で、相手に伝わるように。

Aのよさを述べることにつとめて、もしも他の作品について述べたいことがあるなら、それはまた別の機会に述べたらいいんだ。

Aを褒めるときは、シンプルに、Aのことだけ、熱く語ろう。

アヲハタジャムのびんの点字はなんて読むの?

おっす!

おらごはん大好きっこ。

普段は白米をバクバク食べているのだけど、たまにはパンも食べたりするよ。

フランスパンに、アヲハタのブルーベリージャムをつけて、ムシャムシャ食べていたら、びんに「点字が刻印されている」ことに気がついた。

疑問:これって、なんて読むのかしら?

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ジャムの瓶の両面に刻印されていた。

点字は6つの点で、一つのまとまりを成している、というのは知っていた。

そうして見ると、片方の面には、4種類の点字のまとまりがあるようだ。

もう片方には、3種類の点字。

推測するに、4種類の方は「アヲハタ」と書いてるんだろう。

じゃあ、もう一つの3種類の点字の方はなんだろう?

「ジャム」だろうか?

気になったので、まずは点字一覧を調べてみた。

4種類の方から調べたら、やっぱり「アヲハタ」だった。

最初、おらは「アオハタ」だと勘違いしていたのだけど、点字をよくよくみたら「ヲ」だと分かった。

では、3種類の方は、やっぱり「ジ・ャ・ム」なのかな?

正解は「ジャ・ム」だった。

3種類の点字は、「じゃ」までが一つの文字で、「む」とあわせて、jamだった(引用:点字一覧)。

おらは単純に、「じ」「ゃ」「む」という3種類なのだと思っていたので、予想は外れた。

ちなみに、アヲハタジャムのサイトには、点字によるユニバーサルデザインを採用したページもあった。

正解まで少し回り道をしたけども、「じ・ゃ・む」ではなく、「じゃ・む」と書かれていることが分かったので、結果オーライ。

うん、ブルーベリージャムをつけたフランスパンうめぇ、もしゃ、もしゃ。

もっとグッドらいふ

おっす!おら名無し!

今回は、もっと「グッド」と言おうという話。

(前にも同じようなこと言ったけど、何度でも言うのだ)

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By Danny Choo

あなたは、最近、誰かに「グッド(b´∀`)」と言ったことある?

「グッド(b´∀`)」というのは、それだけで、エネルギーになるワードだと、おらは思う。

誰かが、頑張っている時に「頑張って」という単語は、ある意味で呪いだと思うけど。

「グッド(b´∀`)」は、いつでも、言ってよし!とおらは思う。

また、「グッド(b´∀`)」と言われた側は、それだけで、素直に嬉しいし。

また、「グッド(b´∀`)」と言われたことで、自分がやってることに対して自信をもつようになるし。

また、次も頑張ろうと自然に思えるし。

どんどん、「グッド(b´∀`)」と言い合うことで、よりよい関係も作れると思う。

ちなみに、話を脱線するけど、「頑張って」の呪いは、なぜ、日本だと抜け切れないんだろうな。

高校生の頃に、英語の先生に言われた思い出話。

その先生は、日本には、相手を応援する言葉が少ないんじゃないかって言ってた。

だから、簡単に「頑張れー^^」って言っちゃうって。

マラソン選手で、必死に走っている人にも「頑張れー^^」って言うのは、ひどい話だって、その先生も言ってたな。

英語だと「グッジョブ!」とか「いいペース!」とか「ナイスラン!」とか、そういう言葉をかけるんだそうで。

もっと、そういう、相手を褒めることや、応援する言葉を、使い分けていきたいと思う。

人に言われて嫌なことは、相手にも言わない。これは基本だ。

それと同じように、人に言われて嬉しかったことは、相手にも言う。これもやっぱり基本なのだよ。

「エッセイと日記」の違いをググる前に

おっす!おら、よくいろいろなことがごっちゃになる人!

いまも、ちょっと、ごっちゃになっていて…。

「エッセイと日記」の違いってなんじゃろね?

この答えは、記事の後半で!

2014-05-17 09.00.44
あずまんが大王 (2)より

◆「エッセイと日記の違い」が分からなかったらどうするか?

多くの人は、ググるよね。

このページを読んでいる人も、どこかで検索して、おらのページを発見したのかもしれない。

その答えを言う前に、「ちょっと待って」とおらは言いたい。

疑問が生まれた時の流れでいうと【疑問 → 答え=ぐーぐる先生】という、最短の方法だけで、本当にいいのだろうか?

「自分の頭で妄想する(想像する)」というのを、しなくていいんだろうか?

つまり、おらの主張する流れは【疑問 → 自分なりの考え → 答え】ということになる。

おらは、「自分なりの考え」を、ワンクッション入れる必要があると思うけど、そのへん読者さんはどう思いますか?ということ。

◆自分なりに考える(妄想する)ことは大事

「自分なりの考え」が、ぐーぐる先生が教えてくれる「一般的な答え」と合っている場合もあるだろう。

しかし、もしかしたら、「自分なりの考え」と「一般的な答え」が、異なる(違う)ことも、あるかもしれない。

でも、その「違い」は、単に「ものの見方の方向が違う」だけかもしれないし。

必ずしも、ぐーぐる先生が「いつでも正解」とは限らないし。

また、自分なりに考えてみて、その結果として「間違ったという事実」が、案外その人には大事だったりするのかもしれないし。

考えることは、ムダではないし、むしろそうした別の見方に行き着く考えや、妄想したりすることは、とても大事だと、おらはおもう。

◆おらなりの「エッセイと日記の違い」の答え

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前置きがだいぶ長くなったので、このあたりで、おらなりの答えを書いておこう。

  • 疑問:エッセイと日記の違いとは?
  • 答え:日付があるのが日記。ないのがエッセイ。

いろいろと、妄想した結果、たどりついた答えは、これだった(=ググってない)。

エッセイには日付はなくても成立するけど、日記には、日付がなかったら成立しない文章だとおもう。

「日記」は、日付にひもづいた出来事の、文章である。

一方で、「エッセイ」は、何年何月何日に起こったことなのかは、さして重要ではなくて、作者が日常でおこったことを「日付フィルタ無しにした文章」だとおもう。

日付が大事なのではなく、「起きた事に対する視点(見方・感じ方)」を重視したのが、「エッセイ」という位置づけ。

◆結論:答えを急ぎすぎない

なんでも、かんでも、ググると出てくるのかもしれないけども、おらとしては、「答えを急ぎすぎない」のも、いいんじゃない?と思ったので。

また、答えがすぐに出ないからといって、モヤモヤせずに、すこし、「疑問を温めておく」のも、あとで使えるかもしれないし。

あと、「エッセイと日記」の違いについては、うん、ほら、「自分なりの答え」でいいんじゃないかな!

2014-05-17 09.31.17

あとあと、書き方は「エッセイ」なのか、「エッセー」なのかという、あらたな疑問も湧いたり…。

座右の銘を決定した!

先日、「座右の銘を考えたい」というエントリーを書いたけど、ようやく、座右の銘が決定した。

座右の銘:色即是空空即是色

意味:…はヒトコトでは言い表わせないなぁw

般若心経

話は突然かわるが、おらは、西遊記が好きだ。

西遊記には、孫悟空という猿の妖怪、豚の猪八戒、河童(ではないのだけど)沙悟浄、そして三蔵法師というキャラが出てくる。

彼らが、お経を天竺までもらいに行く旅が、西遊記のメインストーリーだ。

そして、このおらの「色即是空空即是色」という言葉は、三蔵法師こと玄奘三蔵が、実際にインドから持ち帰ったお経である『般若心経』の一節だ。

般若心経との出会いは、柳澤桂子『生きて死ぬ智慧』が、がっつりハマったきっかけだった。

以前に、般若心経のことをエントリーで書いたこともあったね。

般若心経は、明快な仏教の根本的な教えである。

いまは、おらの心の支えになっている。

そう考えたら、座右の銘を悩む必要なんて、はなから無かったのかもしれない。

ニーチェの言葉も、おもしろいものが多いけど、それすら般若心経には含まれているような気がするのよね。

というわけで、「色即是空空即是色(本当は般若心経まるごと)」を、座右の銘と決定したのだった。

写真素材:足成

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座右の銘を考えたい

会社で「座右の銘はなにか?」という話題になった。

おらは、ぱっと思い浮かばず。

上司は『清濁併せ呑む』に似たような、坂本龍馬が言ったとされるなにか逸話をしていた。

忘れたけどw

他の人では『一期一会』とかね。

ぜんぜん覚え浮かばないんだけど。

父親にも聞いてみたら、若い時には『不言実行』だったらしい。

でも、言わないで一人でやってると、やってもらった人も気づかないということもあるので、そうじゃないなってなったらしい。

何か、これだ!という言葉が見つかったら、φ(・ω・ )メモっておこう。