ささいなことで傷つく人・あたしンちのインタビュー記事より

おっす!オラ『あたしンちファン』だよ!『あたしンち』はマンガのタイトルだよ!

きょう、読売新聞日曜版にのったインタビュー記事を読んだので、思ったコトをメモっておくよ。

けらえいこ
どんなささいなことでも傷つく方がいるんですね。
例えばタチバナ家のおかずはいつも少ないですけど、それを「ひどい」と怒る方がいたり。
そうした描写で何か脅かされるというか、イヤな気持ちになるんだ、ということを知りました。
お母さんが身勝手だ、とか、お父さんに気を使いすぎだ、といった声もあって。
たぶん、もともとあった傷に触ってしまうんでしょう。
私が思う以上に家族関係に傷ついている人が多いのかもしれません。
家族は安らぎの場、と思う人もいれば、家族のせいで苦しむ人もいる。
もろ刃の剣だなと思います。

読売新聞 日曜版 2012.03.25

前に、おらもあたしンちの感想を書いたけど、それとはちょっと違う「読者からの感想」だと思った。

なにか、モンスターペアレントのように、モンスターファンがいるんだな、と感じた。

何かを攻撃することで、自分の立場を守ろうとする人っていると思う。
相手を傷つけるために、自分が傷つけられたと声高に叫ぶ人っていうか。

  • 「痛い痛い痛い痛い!」
  • 「ワタシはこんなに傷ついた!」
  • 「アナタはひどいだ!」
  • 「だから慰謝r」

タチバナ家のおかずが少ないことを「ひどい」と抗議して、それを作者に伝えようとする人って、きっとマンガを読むべきではない。
その「ひどい」と思う心を、もっと突き詰めて考えるべきかもしれない。
なぜ、自分はこのシーンで傷つくんだろう/怒ってるんだろう?と。
なぜ、おかずが少ないことを「ひどい」と叫ばずにいられないんだろう?と。
誰かに「ひどい」と責められたトラウマがあるんじゃないか?と。

おらはこのインタビュー記事を読んで「マンガを読んで楽しむ前に、自分の心の傷を治すことや見つめなおすことが、先なんじゃないの?」と言ってるように感じた。
いや、けらえいこはそこまで言葉に出してはいないけども。

マンガを読んで「ひどい!」と叫ぶ人って、「自分は痛い!傷ついた!」と絶叫するのには必死だけど、その感想を読んだ相手(=作者けらえいこ)が、その感想文によってどれだけ傷ついてしまうか、まったく想像すらしたこと無いんじゃない?
自分の傷には敏感だけど、相手が傷つくことには鈍感っていうか。

なるべくなら、その逆で生きたいかも。
自分の傷つくことは鈍感だけど、相手が傷つくことには敏感っていうか。

広告

あたしンちが#760でおわった

よみうりしんぶんの日曜版に連載されていた、あたしンちが、きょう終わった。

連載はじつに、17年と10ヶ月も続いたという。

作者のけらえいこいわく、連載当初は主人公のひとりである女子高生である「みかん」に気持をいれながら描き。
連載がすすむうちに、母親目線になり、さらにはお父さんの目線すら、年齢を超えた。
みたいなことが、Twitterで発言されていた。
そんなまとめページもあったと思う。

まあ、それはいいよ。
作者が色んな思いをもって、描いているのは事実だろうし。
それを、読者である、オラはどう受け止めたのか、っていうことを、ここにメモしておこうと思った。

結論:空中にぶん投げられた気がした。

あたしンちは、ごくごく、一般家庭の「日常」を描いたマンガであり、基本的にはえすえふチックな出来事は、ない。

たまーに、番外編的な、江戸時代だったり、時間と空間をとびこえた話があるけども、それはそれ、これはこれで、普段のベースとなる話は、日常の話だ。

そこが、読者の「我が家でもあるある感」とマッチして、 人気になった。

が、しかし、最終回は、そうした「日常」を描いたあたしンちからは、ぶっ飛んだ内容となっている。
お母さんが、スーパーマンよろしく、エプロンをマントにして、空を飛んだのだ。

17年の連載をしたマンガとしての最終回の「落ち」はない。
お母さんを「飛ばして」終わったのだ。

よんだ直後、( ゜д゜)ポカーンとした。

い、意味が分からない。
番外編でもなく、通常のあたしンちの連載として、この「飛んだ母」で終わっていいの?

あえて言うなら、連載を終えるときに「この連載から解放される!」「わたしはもう自由だ!」というけらえいこの気持が、そのまま表現された姿が、この「空を飛ぶお母さん」とダブって見えた。

日常の延長としてのあたしンちの最終回、ではなく、空を飛んで終わる、というのは、おれとしては、少し残念だった。
願わくば、第1回に登場したような、その話との同じ地続きな感じが欲しかったのだが …。

もう、当時のマンガとは、文字通り、17年10ヶ月の歳月の差があり、内容も作者も全く別のものとして、終わってしまった感じがしたよ。

マンガの作者が、どうやって決着をつけたとしても、最終回がくれば、マンガは終わる。
たとえば、伝説的な「奇面組の最終回」のような話であっても。

「あたしンち」の、「空飛ぶお母さん」の最終回は、見ようによっては、そのくらいの妙な違和感がのこるラストだった。