求人票の読み方で疑問

おっす!おら求職者!

前に勤めてた会社は自分にあってる部分が多かったのだけど…残念ながら辞めさせられちゃったのでね。

で、いま求人票をみてるんだけども。

そこで疑問があるのよ。

  • 月の平均労働日数:20.0日
  • 就業時間 09:00〜18:00
  • 時間外 あり 月平均  20時間

って、なんだか、おかしくないかい?

それって、20日で、20時間の残業があるなら、毎日1時間の残業があるってこととほぼ同意だよね。

だったら、就業時間は「09:00〜19:00」って書けばよくない?

そう書かないのは、なにか問題があるのかしら。

時間外が、20時間のところはまだマシで、さらに30時間とか書かれてる求人票もあるんだよね…。

それって、就業時間の書き方がおかしいと思うんだけども。

むりやりにでも「09:00〜18:00」です、8時間労働です、とかそういう建前でもあるのかしらね。

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岳18巻の感想と愚痴っぽいもの

おっす!オラマンガまにあ。マンガをよむのがすきなんだ。

ここで『岳 (18)最終巻』の感想をメモしておこうとおもう。

【注意】壮絶ネタバレあり!

さて、まずは、『岳』の最終巻おつかれさまっした!

もし「面白いマンガある?」って聞かれたら、オラはこのマンガを人にすすめることにしている。

山登りと、その救助隊をメインにしたお話のマンガだ。

そうして続いてきた18巻。

ラストを読んだオラの感想。

「正直よまなければよかった…」

そんな終わり方だったのが、すごく残念で、悔しい。

オラはこのマンガをすすめてきたけども、この18巻を読んだのちは、もしかしたらもう他人にすすめることはしないかもしれない。

少なくとも「17巻までにしておけ」とアドバイスするかもしれない。

それくらい、オラにとっては、この18巻はちょっと受け入れることができない内容だった。

読書メーターでは、この18巻の感想をみることができるのだけど、「残念な終わり方」という意見が多くあった。

【注意!】ネタバレあり

Q:なにが納得出来ないか?

A:主人公の三歩が山でしぬから

読んだあとで、オラはずっと考えている。

どうしてこの終わり方を作者は提示したのか。

最後の最後で、読者ががっかりするような終わり方を持ってきたのか。

読者はきっと、三歩の死ぬ姿を望んでいない。

三歩が死んで喜んだ読者は、きっと一人もいないだろう。

また、三歩が死ぬことを真正面から受け止めて「この終わり方が最高だ!」と拍手するひとも少ないのではないだろうか。

それは読書メーターの感想をみても、そう思う。

読者は「どうして三歩が死なないと行けないのか」という、戸惑いをもっていると思う。

オラも、納得ができない。

どうしてこうなったのか?と想像せずにはいられない。

◆18巻の違和感

18巻にはさまざまな違和感があるのでメモしておく。

  • 三歩はなぜ死ぬような行動をとったのか?
  • 三歩が死ぬことで読者に伝えたかったことはなにか?
  • ザックはなぜ久美ちゃんのもとから去ったのか?
  • 久美ちゃんの結婚相手にザックがならなかったのは?
  • 作者の言葉が18巻に限って存在しないのはなぜか?

どれも、すっきりとした答えが見つからない。

そこにもう一つ疑問がある。

  • 『映画 岳』について、作者の石塚真一はどう思っていたのか?

映画については、いっさい触れられていない。

小栗旬が主演を務めた映画について、原作者がいっさい触れないというのは、すこし不自然だ。

あの映画を認めていたら「面白かった」というだろう。

が、そうしたコメントは、マンガの中ではまとめられていない。

ここで、オラが思い出すのは、きくち正太のマンガ『おせん』のテレビドラマ化と、それにともなうトラブルだ。

あのテレビドラマ化のあと、きくち正太は引退を決意するほどにショックを受け、『おせん』の連載をやめてしまった。
その後『おせん 真っ当を受け継ぎ繋ぐ』として連載を再開するが、ドラマ化についてはものすごく怒っていたことが分かる。

もしかして、ひょっとしたら、そうした何かが、『岳』でもあったんじゃないだろうか?

そう考えるのは、オラの下衆の勘ぐりだろうか。

◆キャラクターの行動

三歩に限らずだけど、キャラクターの行動は、作者が決めている。

作者がマンガの話を作るわけだから、当然といえば当然だ。

だが、いっぽうで、キャラクターが勝手に動き出す、というのも、また事実としてあるそうだ。

『HUNTER×HUNTER』の作者である冨樫義博は、ストーリーの分岐点のような場面をえがくとき、まずは思考実験をくりかえすそうだ。

キャラクターたちに相談するような、「AとB」とあったら、どっちを選ぶのかはキャラクターに決めさせる。

そのキャラクターたちにあわない行動はさせない、ということがあるらしい。

そうすることで、キャラクターは自分の考えで動くような存在へとなっていく、みたいな。

今回、三歩が死ぬまでには、三歩が犯す「行動の過ち」が重なり、それによって結局三歩は死ぬわけだけど…。

もし、17巻より以前の三歩だったら、本当にそういう行動にとっただろうか?と思ってしまうのだ。

オラが思うに、以前の三歩だったら18巻のような行動はしない。

もし、仲良しの登山家が上から落下してきても、その姿にたいして手を差し伸べたりしない。
そうすることで自分が死んでしまうのを避けるために。
それが「岳」のキャップを被るきっかけのエピソードで述べられていた。
もし同じ場面になってもそうすると、だから三歩は死なないのだと、そう久美ちゃんに説明する姿があったのだ。

だから、いままでの三歩であったのなら、18巻で命を落とすことはなかったと思うのだ。
三歩の行動では「山では自分の命をまもること」が根本にあるからだ。

しかし、この18巻での三歩はそうはしなかった。だから死んだ。

キャラクターの、まさにキャラに合わない行動によって、三歩が死ぬことが、納得できないのだ。

また、キャラクターの行動の違和感は、三歩に限らず、久美ちゃんやザックについても、そうだ。

17巻まで、ザックがたしかに久美ちゃんをずっと支えてきていた。

そうした二人ではぐくんできたエピソードも、いっさいなかったコトにして、18巻は結末をむかえる。

久美ちゃんはヘリコプターのパイロット(モブ役)と結婚し、ザックはアメリカへ帰る。

なぜだ?

どうしてここまで、今までの物語を否定するような、壊し方をして、最終巻なんだろうか?

むずかしい。

これを受け入れるのが、オラには難しい。

また、18巻で三歩が死ぬことがわかってしまった今、1巻から読み返すのがとてもつらい。

三歩がいままで、どんな困難な状況でも笑顔でがんばってきた山の遭難救助の話が、ラストのあの話につながるのかと思うと、ちょっと読み返せない。

作者には、この岳の最後のエピソードを、どういう思いを込めてかいたのか知りたい。

また、それにオラが思い至れないというか、受け止められないのが、とても悔しい。

作者の描くラストと、読者が望むラストのギャップが、ものすごくある、というのが、この『岳 (18)』だと思う。

◆望むラストのかたち

もう、三歩が死ぬという最悪のラストですでに終わってしまったものについて、「望むラスト」というのも変だが、少しだけ蛇足を書いておく。

人を救うマンガという大きなくくりでいうと、似たマンガに『医龍』がある。

こちらも実はテレビドラマ化され、そのドラマ化されたものは、原作の『医龍』とは、やっぱり別物の(原作ファンからしたら原作レイプの)ものなのだけど。

それでも、この『医龍』は、原作がとてもすばらしい形で決着をみたと思う。

医龍では、スーパードクターである朝田龍太郎が、最終的に死の局面にであい、それを自分が培ってきた人たちが救い、受け継ぎ、次の世代につなげていく、というラストになっている。

岳でも、実はこうした話ができたのではないだろうか?

三歩の窮地を、次の世代の人たちが支える、という形のラストがあってもよかったのではないだろうか。

またそれは、三歩が死なないでも、次を育てることができるというストーリーが、あったのではないだろうか?

三歩のノートについてもそうで、三歩が生きているときに、山岳救助隊の人たちと情報の共有ができたのではないだろうか?

そう考えないではいられない。

今までとてもおもしろいマンガを読ませていただいた作者の方には、とても感謝している。

けども、どうしても、三歩が死んだというショックが、オラを「このマンガを読んでよかった」という気持ちにさせないのだ。

好きなモノを好きと言おう

おっす!オラむだに連休をすごしたモノだよ。

むだに連休をすごしたんだけど、色々と「出会い」はあったよ。

ネットの中で。

まあ、ネットをわりと多めにやってる連休だった暇人っていうことなんだけど。

すこし思ったコトを書いておこうと思う。

◆1好きなモノは好きと言おう

これは前から思っていることだけど、好きなモノは好きと言おう。

できれば、その作り手(送り手)に直接、声が届けられると素晴らしい。

その声に、きっと送り手は答えてくれる。

また、その声を一人ではなく、まとまって伝える手段があると、それを利用しよう。

コミュニティーには積極的に参加してみると吉。

◆2批判と悪口は違うんだよ

好きなモノを好きという自由があるように、逆に、嫌いなモノを嫌いというのは「自由」だ。

それが、この日本では許されている。

ナニか作品なり、情報なり、モノなり、を作ったり送り出したりすれば、当然なんらかの「反応」があるわけだけど。

それは必ずしも「好評」だけではなく「批判」もありうる。

それが当たり前。

その時に、「批判」ならまだいいんだ。

ココが悪いとか、ココを直せばもっとよくなるとか、前向きに捕らえることができる言葉だと思うから。

でもでも、それが単なる「悪口」だったり「相手を傷つけようと思うだけの言葉」をはくときには注意が必要だと思う。

また、その言葉を使う「場所」を選ぶのも大事だと思う。

たとえば、オラは、好きなモノを好きというコミュニティーに参加していたとするでしょ。

そこに、その好きなモノを頭から否定する人がドカドカ入ってきて、罵詈雑言(としか聞こえない口汚い言葉)を浴びせてきたら、どうだろう?

オラはイヤだ。

とてもイヤな気持ちがする。

「これはいいなー」と思っている人たちが集まる、そうしたコミュニティーにわざわざやってきて、否定的なことをいう人たちは、いったい何なんだろう?って思う。

そうした輩(=荒らし)をすぐにキック(蹴り飛ばして追い出す)システムがあるなら、対応の仕方もあるけども、それができない場所もある。

そうしたシステムでのコミュニティーでは、輩(=荒らし)はスルーするのが基本とされる。

でもでも、荒らしが去るまで、ずっと黙りだったりスルーしているのが辛いというのも事実。

だって、自分の好きなモノを(ときには人を)の悪口を、だまって聞いて受け流すというのは、それはとても辛いことだとオラは思う。

もしも、どうしても、悪口だったり相手を傷つけようという言葉を使いたい輩は、そういう人たちだけで新たなコミュニティーをたちあげて、そこで思う存分いいあって欲しい。

まあ、でも、それは荒らしの本人達にとっても、何の進展も生み出さない行為なので、「エネルギーの無駄遣い」かもしれないけども。

◆3ネットだから言いたい放題か?

たとえば、ネットではなくリアルな関係の場合。

何らかの発表した人に対して、その作品(あるいは人そのもの)に対して、罵詈雑言を面と向かって本人に言い放つことができるだろうか?

もっというと、あるコミュニティーに入ってきて、そのコミュニティーを荒らし回る行為が、リアルでできるだろうか?

きっと、なかなかできないと思う。

それが、ネットだと、軽々できてしまうのは何だろうか?

ネットを介して、自分は安全な場所にいて、相手を攻撃する言葉を投げかけるのを、オラはとても「卑怯」だと思うし、それをするべきではないと思う。

また、ネットを介したとしても、その罵詈雑言を浴びせられた側は、リアルな人間なのだということを忘れちゃだめだ。

まして、わざわざコミュニティーに入ってきて、多くの人をいやな気持ちにするような言葉を出すことが、本当に「必要かどうか」考えてから話すべきだ、と思う。

◆4まとめ

オラが言いたかったことは5つ。

  1. 好きなモノは好きと言おう。
  2. できれば直接、相手に言おう。
  3. 批判と悪口は違うとしろう。
  4. 悪口は本人に直接いうべきものじゃない。
  5. ネットでも相手はリアルな人間だということ。

またコミュニティーで考えたことがあれば、メモしてみようと思う。

いぬの散歩とマゾヒスト

おっす!オラいぬのおまわりさん!
迷子の子猫ちゃんはどこかな?
そんな子猫ちゃんは送り狼しちゃうよ!

と、のっけから妄言でお送りしているわけだけど、今日の話は妄言多めで!(いつもだけど)。

◆1)いぬのニュース

最近、いぬのニュースで気になったは、「大阪泉佐野市、ペットからも税金徴収 30年ぶり「飼い犬税」復活に動く 」という記事。

どういうことかというと、いぬの飼い主がうんこの始末をしないもんだから、市が「飼い主がうんこ始末しないんだったら税金とって市が行うから!」という話らしい。

おらは、飼い主が「誰かがいぬのうんこ処理してくれる」と思って、うんこを放置するのが、やっぱりわるいんだと思う。

それって、いぬを可愛くて飼ってるけど、うんこは始末したくない、ってことでしょ?

それは、やっぱり「飼い主の資格」がないというか
いぬを飼ったらうんこをするものという「覚悟」が足りないんじゃないかしら?

むしろ、うんこを始末することに喜び(悦び)を感じるくらいの飼い主じゃないとね!

◆2)いぬの散歩とエロマンガ

「いぬの散歩」という図式は、よくエロマンガなんかだと、女性に対して行うエロ表現だったりする。
マゾヒストの女性を、いぬのように全裸にさせて、首輪をつけて、散歩させるというような話がある。
でも、たいていは、そこでおしまい。

本来ならば、もっとつっこんで、いぬがうんこをするがごとく、女性が糞尿をながす描写があってしかるべきだし、そこを「飼い主であるご主人様」が掃除するまでが、「完璧なプレイ」だと思うのだけど、いかがか?

いかがかって、誰に問うているんだかw

ともかく、ペットの不始末は、ペット自身が片付けるのではなくて、ペットの飼い主が行うべき姿と思う。

◆3)いぬの散歩と思い出

最初に、いぬの散歩をみた記憶は、オラんちの目の前で飼われてたタロー(♂)だった。

散歩の最中に思ったコトは二つ。

  1. いぬはおしっこを朝と晩の二回しかできないんだ!?
  2. いぬの飼い主は足が速くなるんじゃないか

まず、オラがこどもだった当時は、いぬは基本的に外で飼われていた。いまでは室内犬も当たり前だけど。

それで、いぬは朝と晩の散歩のときしか、電柱におしっこしてまわれなかったのが、ショックだった。
だって、オラだったら、そんなにガマンできないもの。
自分のタイミングでおしっこやうんこができないなんて、いぬは大変だな、と思った。

もう一つの方は、タローがかなりのスピードで走るものだから、それを散歩している飼い主の少年も、かなり足が速かったんだよね。
オラは足が遅いもんだから、「いぬを飼うと足が速くなる」と、単純に憧れた。

あと、いま思い出したのは、タローが散歩から帰ってきて、水道水をがぶ飲みする姿がとても「美味そう」だったわ。

走ったあとの水はうまいもんな。

って、ここまで書いて、なんかオラのブログって「うんこネタ」が多くね?
まあ、あれよ、うんこを考えるってことは、大事なことなんだよ、たぶん。

探しものは何ですか?ボールペンのペン先について

おっす!オラ、ボールペンのペン先をさがしていた人!

ようやく見つかったので、ことの顛末などをメモっておこうと思う。

まず、おれが探していたのは、JETSTREAM(ジェットストリーム)の3色ボールペンの替え芯「SXR-80-07」という型番の『青色』。

これの本体である、JETSTREAM(ジェットストリーム)の3色ボールペンは、よくスーパーでも売ってるもので、割りと売れ筋商品だと思う。
3色というのは、黒、赤、青なんだ。

それで、おれが欲しかったのは「青」なんだけど、スーパーで探したら見つからなかった。
本体の3色ペンは売ってるのに、替芯は黒と赤しか売ってないの。
もっというと、4色ペン(+緑)の本体すら売ってるのに、替芯は黒と赤しかないっていう。

そのスーパーだけかな?と思って、他の、今度はちょっと大きめのホームセンターに行って探してみた。
ここでも、替芯は、黒と赤のみ。
同じく、本体は3色でも4色でも売ってるっていうのに…。

( ゚皿゚)キーッ

これ、ちょっと変だと思うのよ。
替芯は売ってないのに、本体だけ売るって、おかしいと思う。
じゃあ、青が切れたら、新しいペン本体を買えってこと?

結局、青のボールペンの替え芯は 、近所のさびれた(失礼)な文房具店で見つかりました。
ホント、ありがとうございます。
普段は、まったくスルーしているお店だったのだけど、ほしいものが売ってたときの「安心感」は、いい気持ちがした。

次にまた替芯をさがすときには、最初からここに来るかもな。

ペットを死ぬまで飼わない親子の話。タチコマの家出。

おっす!オラかつてペットを飼っていた人!オラんちのぬこは天寿をまっとうしたと思うよ!
「ペットを死ぬまで飼わない」という人(親子)の話を目にしたので、ちょっとメモっておくよ。

きっかけは、オラが生息するWassrでのこんなヒトコトから

昨日綾目と外歩いてて5・6歳の子に話しかけられたんだけど「家にも猫いるよー、小さいの、大きいのもいたけど年とったから放した!」って言ってて、それは死んだのを親が気遣ってそう言ったんだろうと思ったんだけど、本当だったらとか、年とったら捨てるものだって思って育つのもどうなんだろうとか、色々考えてもんやり。私だったら自分の子供には死んだって言う…と思う、けど年にもよるかなぁ。まだわからん。
by Aya@寝飽きた

断耳してないドーベルマンピンシャーの画像(wikipediaより)ここで出てくる「綾目」というのは、Aya@寝飽きたさんが飼われているドーベルマンピンシャーのこと。(※画像はWikipediaより引用)

この文章を読んで、オラは、ビックリした。
文に書かれてる要素は3点。

  1. 子どもの認識:「ペットが年取ったから手放した」
  2. 親の行動A(事実):「ペットが年取ったから手放した」
  3. 親の行動B(想像):「ペットは死んだけど、子どもにペットは年取ったから手放したと嘘をついた」

どれをとっても、ゾッとする話。
この子どもは「ペットは年取って古くなったら買い換えればいいモノ」「可愛くなくなったら捨てていいもの」と思っているんだろう。
まさに親の教育のたまもの。 

上の話を読んで、本当にそういうコトをする人がいるのか、調べてみた。

AllAboutにこんな話がのってた。

先日、犬猫の引き取り業務も行っている部署で働く行政の方から、ちょっとショッキングなことを聞きました。犬や猫の引き取りを依頼する方には、「子供の情操教育が終わったから」と言われる方が少なくないそうなのです。子供の情操教育っていったい何なのでしょうね?
ペットによる子供の情操教育について [小さなペット] All About

こういう親は、「少なくない」らしい。
いらなくなった犬猫は、さくっと処分できる人が「少なくない」ということ。
つまり、先のAya@寝飽きたさんが出会った子どもの家庭では「古くなった犬を処分」している可能性が、「本当にある」、ということ。

Aya@寝飽きたさんの話でオラが思い出したのは、アニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』の「第12話 タチコマの家出」だった。

ある日タチコマは、ミキちゃんという女の子に出会う。
ミキちゃんは飼っていた犬(ロッキー)がいなくなってしまい、それをタチコマが一緒にさがしてあげる、というエピソード。
ふたりで“海が見える丘公園”へと向かう途中に、こんな話をしはじめる。

第12話 タチコマの家出 映画監督の夢 ESCAPE FROM*
ミキ「ロッキーはね、ミキが産まれた時からずっと一緒に暮らしてたの。一緒に遊んだり、一緒にご飯食べたり、一緒のベッドにも寝てたんだよ。」
タ「ふーん。二人は仲良しだったんだね。」
ミキ「うん。」
タ「でもロッキーは何で迷子になったの?いつもミキちゃんと一緒にいたんでしょ?」
ミキ「うん・・・ねえタチコマ。貴方秘密の金魚っていうお話知ってる?」
タ「秘密の金魚?知らない。」
ミキ「私と同じ位の女の子が主人公の物語なの。」
タ「物語?」
ミキ「そう。自分の金魚をどうしても人に見せたがらない女の子のお話で、その子が何で人に金魚を見せたがらないかっていうと、自分のお小遣いで買ったからだって言うの。それでね、周りの大人は、なんて困った子供なんだろうって心配するけど、本当はその金魚はもうとっくに死んじゃってて、その事を周りの大人に気付かれまいとして女の子は金魚を誰にも見せなかったの。」
タ「うーん、よく分からないなあ。だって金魚は死んじゃったんでしょ?だったらまたお小遣いとかで新しくすればいいのに。」
ミキ「駄目よそんなの。死んじゃった金魚はもう帰って来ないんですもの。女の子は金魚が死んだ事で自分が悲しむだろうって大人達に思われたくなかったのよ。だって自分はもう十分悲しんだもの。」

このあと、ふたりで“海が見える丘公園”で、ロッキーのお墓を見つける。
ミキちゃんはこう続ける。

ミキ「私、本当は知ってたんだ。木曜日にナーサリーから帰ってきたらロッキーがいなくなってて、もうずっと前から元気がなかったの。ママ達は、ロッキーは出かけたって言い張るの。でも金曜日も土曜日も、ロッキーを探しに行こうって言ってもパパもママも、ダメだって言った。だからもう、ロッキーは死んじゃってるんだって分かってたけど、探しに行くふりしなきゃミキが、本当の事知ってるんだってパパとママに分かっちゃう…」

もうね、オラはこのシーンは何度みても号泣するんだ。
このブログを書くためにDVD見直したんだけど、まあ、涙ぽろっぽろだわ。
最初に見たときには、2004年の作品だから、うちのぬこも元気だった頃だけども、 それでもぽろぽろ泣いてしまった。

さっきの子どもも、このミキちゃんのように、「本当は飼ってたぬこが死んだけど、知らないフリをしている」、だったら良いのになぁ…。

◆ミキちゃんとタチコマのエピソードは「虚構」であるけど、とてもよい話。また、冒頭の子どもの話は「現実」だけど、とてもゾッとする話。

実は、こういう「なんで古くなった年寄りを殺しちゃダメなの?」って、疑問すら思わない人が多くなってるのかもしれないな、と思う。

また、そうした人たちが、実は政治家のトップになったりしてて「年寄りや弱者は切り捨てる」のがいまの日本だと思う。
大阪市の橋下市長や、東京都の石原都知事の政策なんかは、「老人は死んで」って言ってるのと同じだもの…。

「古いぬこは放した!」と、当たり前のコトとして言い放つ子どもがいるのが、まさに「いまの日本の縮図」なのかもしれない。
また、そういう家族に、『タチコマの家出』をみせても、まるでピンと来ないのかもしれない。

オラは、アニメで描かれた「虚構の話」の方が、ずっと、もっと、理想的な世界だと感じた。血も涙もなく、またゴーストもなく、死という概念を理解できないタチコマでさえ、ミキちゃんの話を聞いてオイルを流すという世界が。

うその咀嚼音が気持ち悪い

おっす!オラ咀嚼音マニア!「咀嚼音」は「そしゃくおん」と読んで、モノを食べるときの「もぐもぐ音」を言うよ!

いま、「元祖!大食い王決定戦 爆食なでしこ乱れ咲き:テレビ東京」をみてるんだけど、なんか、今回から咀嚼音をムリヤリ入れだしたのが、超気持ち悪い。

あれ、なんなのかしら?
咀嚼音をわざわざ効果音として追加するって、何のアピールかしら?
早食いじゃないよ!ちゃんと噛んで食べてるよ!って意味かしら?
ジャッキーチェン並にバトルを意識させるための演出かしら?

どちらにしても、ものすごい気持ち悪い!!!!!!111111 

オラは、かなりの咀嚼音マニア(←)なので、もう、こういうやらせとか、気持ち悪くて。気持ち悪くて。きめえええええっうぇうぇっっっっw

はい、咀嚼音マニアであることは、気持ち悪いコトか?っていうのは、横に置いておいて、神棚に奉納しておくけども。

ちなみに、どのくらい咀嚼マニアかというと、ニコニコ動画で「咀嚼音タグ」を検索するくらい。
何度もループで聞くくらい。
聞くときにはヘッドフォン推奨で!

もしくは、ラジオ「おぎやはぎのメガネびいき」のpodcastを、普段は二倍速で聴いているんだけど。
「キングオブドック」っていうホットドッグを開発するコーナーときに、試供品をおぎやはぎがもぐもぐ食べるときだけは、二倍速から標準速にかえてきくくらい。
そのくらい咀嚼音マニア!

ヽ(#゚Д゚)ノ┌┛ガッ∑(ノ`Д´)ノ  <<テレ東(大食い王ディレクター)

大食い王だかなんだか、知らんが、咀嚼マニアなめんな!!
余計な効果音なんか無粋きまわりねーんだよ!
マジきめぇんだよ!!
(どっちが)