★USBの方向を二度と間違えない方法★

おっす!おらUSBの方向音痴!

USBって、差し込む方向が決まっているので、とてもややこしいと思うんだよね。

そして、よく方向を間違えて、「あれ?差し込めない」「いや合ってる?」「やっぱりダメ?」ってなることがある。

そんな人のための方法を考えてみたよ。

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用意するもの:★のシール

おらのやり方はとても単純で、USBの差し込み口に、★星のシールを貼る、というもの。

最初に、USBのオスとメスを差し込んだ状態で、★をオスとメスの両方に貼っておくのよ。

そうしておくと、次にUSBを差し込むときには、★と★目印に合わせるようにすれば、差込口の方向が合っている、ということになるの。

逆に、どちらかの星が違う方向を向いていたら、その向きではUSBは差し込めないよ(当たり前)。

これで、USBの差し込みの方向が分からなくて、数秒を無駄にするとか、USBの差し込み口を覗き込むとか、イラッとすることも皆無になるよ。

たとえば、Bluetoothのヘッドホンなどは、USBの端子も小さいし、抜き差しする頻度も高いので、これが★を目安にスッと差し込めると、意外と気持ちいいよ。

今後のUSBの規格が、すべてタイプCみたく、差し込みの方向が関係なくなるんであれば、この★の方法も不要になるんだけどね☆

おためしあれヽ(゚∀゚)ノ

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大腸検査を受けてきた長い話

おっす!おら便潜血っこ!

会社の健康診断で、「便潜血=便に血が混じっている」ということで、「要再検査」になったよ。

で、大腸検査を受けるという、せっかくのネタなので、書いてみるよ。

◇結論:異常なし

いきなり、ネタバレというか、オチから書いてしまうと、検査の結果「異常なし」だったよ。

いや、ちょっとビビっていたし、タイミング的には、夏休みの旅行の直前の検査だったから…。

最悪の場合は、気持ちが沈んで、夏休みになるところだった。

今日の先生からも、「綺麗な腸です。問題ないです」とお墨付き&、自分の腸内の写真をA4用紙で数枚もらったよ。

で、結論を先に書いたのだけど、以下は、汚い話とかの蛇足。

ま、蛇足がメインかもしれないけども。

蛇足は長文なので、<折り返し>しておく。

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ACアダプタの見分け方

おっす!おら鳥頭!

記憶に関する脳みそは、空き容量がほぼゼロだよ!

そのため、ACアダプタが2つ挿してあるだけで、どちらがどの製品なのかさっぱり分からない。

それを解消する方法を考えてみた。

◆やりたかったこと:ルータの再起動(のためにACアダプタを見分ける)

ルータのアクセス状況が悪かったので、ルータを電源から再起動したかった。

しかし、コンセントがタコ足になっていて、似たようなACアダプタがあって、どっちがどっちか一目では分からなかった。

◆解決策:☆を付けた(目星)

ルータに目星をつけるため、「☆」のシールを貼り付けた。

そこから、ルータの電源コードをたどっていって、ACアダプタにも「☆」シールを貼り付けた。

一回だけは、電源コードをたどっていって、どれがルータのACアダプタなのかは、見極め無くてはならない。

でも、これで次から、ルータのACアダプタは一目でどれか分かるのだ。

(∩´∀`)∩ワーイ

もし、「☆」シールがなかったら、インデックスのシールでもなんでもいいのよ。

風が強い日の洗濯物の干し方

おっす!おら洗濯係!

おらは、平日はお仕事タイムなので、土日は洗濯の日になるのよね。

土日が晴れればいいのだけど、場合によっては、風が強い日もあるね。

洗濯物が飛んで行ったらやっかいだし。

だから、洗濯物が飛ばされない方法を考えてみた!

風の強い日の干し方

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★その1:ビニール紐を、ハンガーに通す方法

まず、ビニール紐を、物干し竿とを同じくらいの長さにする。

そのあと、ハンガーに洗濯物を吊るしてから、そのハンガーの首元のスキマをぬうようにして、ビニール紐を通す。

そしてビニール紐の両端を、結んでおけば、洗濯物を飛ばされることは、まず無い。

★その2:ビニール紐を往復させて、固定する方法

「その1」の方法だけでも、洗濯物は飛ばされなくなるのだけども、風が吹くことで洗濯物が一箇所に偏ってしまうこともある。

洗濯物が、重なってしまうと、乾きにくくなる。

そうならないように、洗濯物同士の、ある程度の間隔をキープする方法が「その2」だ。

まず、ビニール紐を物干し竿の2倍くらいの長さにする。

そしたら「その1」の要領で、片一方を首元に通したあとに、もう片方を洗濯バサミで肩あたりに止める。

ここうすることで、洗濯物は飛ばされないし、洗濯物同士を一定の間隔をキープすることができる。

★難点は急な雨かな

この洗濯物を飛ばされない方法に、難点があるとすれば、急な雨のときだ。

急な雨で、洗濯物を猛ダッシュで取り込まないと!ってときには、あたふたするね。

「その1」の方法のときは、ヒモを抜き取るまでに、あたふたするし。

「その2」の方法の場合は、それぞれの洗濯物の肩から、洗濯バサミを外さないとイケないからね。

でも、まあ、風が強い日で、かつ、雨が降りそうなときには、洗濯をしない方がいいけどね!

お試しあれー。

何の罪もない***という言い方がキライ

おっす!おら罪人!

いや、野球賭博も、野球に関わりながら薬物依存とか、法的に捕まるようなことは一切してないけども!

政治のお偉いさん方の中には「結婚して、子どもを育てないのは罪だ」みたいな言い方するときあるから、そういうククリでは、独身のおらは罪人!

まあ、それはおいておいて、本題は「何の罪もない***」という言い方について、書いてみるよ。

ニュースなどでこの「何の罪もない***」という言い方がされるときに、おらは、違和感を覚えてしまう。

たいていは、事件や事故や、あるいは戦争や、大きな天災・人災などの被害者が、子どもだった時に、この「何の罪もない***ちゃんが、なぜ死ななければならないのか」みたいな常套句に使われている。

この「何の罪もない***」という言葉は、いったい、どういう意味なんだろう。

「罪のない人が死んだから」悲しい。というのであれば、たとえば罪を犯して「服役している人たち」が戦争や火災や地震などで死んでも、悲しむ必要はないのか。

もしくは「幼い子どもが死んだから」悲しい。というのであれば、たとえば老人ホームで事件が起こって殺されたとしても、「老い先短い老人たち」だから、死んでも悲しくはないのか。

いやいや、それはあまりにも極論だよ、といわれるかもしれない。

だがしかし、この「何の罪もない***」という言い方は、そうした気持ち=「罪があったらコロされてもおk?」とか「幼くなかったら死んでもおk?」というモヤモヤを、おらに起こさせるワードだ。

そもそも、「何の罪もない」って、どういう意味で、罪がないのか。

法律的な罪を犯していない、という意味だろうか。

もし、そうならば、たいていの多くの、服役したことのない人たちは「何の罪もない***」の人たちだろうけど、そうした人が死んだ時に、この言葉を使うだろうか。

それに、法律を破らなかれば、「罪はない」と言い切れるのだろうか。

めったやたらに、蟻をプチプチつぶす子どもだったらどうか。

昆虫採集に夢中になってる子どもは、セーフだろうか。

カエルの尻に爆竹をつめて、パン!ってやって飛び散るさまを楽しんでいるガキは、この「何の罪もない***」には含まれないのだろうか。

というか「何の罪もない」なんて人が、この世にいるのかね、いやいない、というのが、おらの立場なのだけど。

肉も、魚も、野菜すら、食べ物を食べるという行為は、それはすなわち「命をうばって、自分の命をつなげる行為」なわけだけど、それは「罪」とはカウントしなくていいんだろうか。

ベジタリアンからしたら、そうしたものも「罪」と言っちゃうのではないだろうか。

おらがまだ子どもだった時に、閻魔様が出てくるアニメ(マンガ)に、「蟻を殺した罪」みたいなので裁かれているのをみて、自分も地獄行きになっちゃう!と思ったことある。

公園で草の下に蟻がいたとして、うっかりおらが踏み潰した時に、もしも蟻の立場だったら「何の罪もない、わたしの仲間たちが人間に踏み潰された!コロされた!いつか人間を駆逐してやる!」となるかもしれない。

だから「何の罪もない***」って、地球上の人類に、いるのかよ?って思ってしまう。

また、いると思っているのは、エゴなのでは、とも思ってしまう。

「何の罪もない、幼い、***の命を返せ!」という気持ちは、察することはできるけど、その言葉には、同意できないっていうか、上に書いたような疑問が湧いてしまう。

「わたしの大切な、***の命を返せ!」なら、とても分かるし、反論する隙は無い。

この言葉に、そんな印象を持っていた人がいるのかしら?

おらだけがひねくれたモノの見方なのかしら?

この「何の罪もない***」というワードを用いるときには、(わたしに同意して!賛同するでしょ!)という気持ちがあって使っていると思うけど、少なくともおらの中には、いつも「うーん…」と同意するのをためらってしまうワードなのだ。

可愛がること、愛すること、のヒント

おっす!おら孤独を愛するマン!

おら自身は、「愛する」ってよくわからないけど、Twitterでおもしろい言葉があったのでメモしておくよ。

スクリーンショット 2016-02-05 04.20.19https://twitter.com/hironobutnk/status/694355272052027392

なかなかに面白いなぁ!

たしかに、男性の「愛しているよ」は、「セックスしたいよ」って意味で、使っているかもしれない。

それを、女性であるお母さんは、猫を飼う時の「可愛がる」の意味を、子どもに説いた。

この場合の「可愛がる」は、「愛する」にほぼ同意なんだろうね。

「愛する」には、いろんな意味が含まれていて、その中で「食べさせること」や「死なせないこと」は、身近にいる存在に対しての、「愛する」なのかしら。

某テレビ局の「愛は地球を救う」っていうテーマは、おらは嫌いなのだけど。

でも、たとえば、ユニセフ(のっと日本ユニセフ協会)の活動をもしも「愛」とよぶのならば、それは「食べさせること」や「死なせないこと」という意味と、同意に見えてくるな、たしかにね。

自分の子どもを、家族を「愛する」でいえば、たしかに、自分の家族を「食べさせていくこと」「死なせないこと」は、含まれているし。

逆に、「セックスしたいよ」は、「愛する」には含まれていないことが、見えてくるな。

だって、家族に対して「セックスしたいよ」は、ちょっとおかしい。

おら自身は、「愛する」って、どういう意味か、ずっとわからないままでいるけど、愛についてのメモとしてのエントリー。

2016-01に「一生の目標」が決定した☆

おっす!おらななし!

久しぶりに、ブログを更新するのだけど、2016-01も、すでにもう、終わろとしている今日このごろ。

そんなタイミングで、今年の目標を決める前に、「一生の目標」が決まってしまった。

一生の目標は、「ブッダになる」こと。

ありがとうございます。

目覚めた者として、生きられたら、お金持ちになるとか、いい暮らしがしたいとか、そんなものすら、超越した感じになると思うのだ。

想像にすぎないけども。

だから、おらは、ブッダになる。

それが、最終的な目標とするので、それまでの通過点は、もう、なんていうか「軽い」としか思えないんじゃない?

ブッダになること以上に、重い試練なんて、この先は無いんじゃない?

仕事が辛いとか、立場的にどうこうとか、会社がどうとか、人間関係があーだこーだとかさ。

そんなの、ブッダになろうとしている人間からしたら、ちっぽけすぎる悩みだわ。

いやぁー、なんだか、目標を立てたら、急に晴々しい気持ちでいっぱいだわ。

何にも、まだ、何にも一歩も、1mmも、ブッダへの道を進んでいないのにね。

歩みだしていないのにも関わらず、ナニか、穏やかに生きていけそうな予感がする。

これが、今年の目標でもあるのかしら。

とりあえず、今年の目標としては、もっと世俗的な目標にした方がよいのかしら。

って、悩む必要ないことで、悩むのは、悩みマニアか?